週刊東洋経済の郵便局の生命保険トラブルの特集を保険業法的に考える | なか2656のブログ

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1.週刊東洋経済2018年1月20日号で郵便局の保険トラブルが特集される
週刊東洋経済2018年1月20日号34頁で、「かんぽで高齢者とのトラブル続出 「郵便局員だから安心」は今や不幸の始まりだ」とのタイトルの特集記事が組まれていました。

本記事によると、かんぽ生命の内部資料によると、2016年4月から12月までに顧客から寄せられた苦情は4483件、そのうち高齢者からのものは全体の約6割の2701件であったそうです。

2.重要事項の不告知・説明義務違反
記事よると、苦情の約50%が、「重要事項の説明がなかった・加入時の説明と違う」となっています。具体的には、「定期預金にしてほしいと希望したのに保険証券が送られてきた」など、生命保険と預金とを誤認させて契約させる類型の苦情がとくに多いとされています。また、「保険料の払い込み総額が保険金額を上回るとの説明がなかった」という苦情も多いとされています。

この点、保険業法294条は、保険会社・保険募集人などは保険の募集にあたり、保険契約者等に対して「保険契約の内容その他保険契約者等に参考となるべき情報の提供を行わなければならない」と情報提供義務を定めています。具体的には、「契約概要」「注意喚起情報」等に記載された情報を保険募集人は保険契約者等に提供しなければならないとされています。

また、同法300条1項1号後段は、保険会社・保険募集人等に対し、保険の募集において「保険契約の契約条項のうち保険契約者又は被保険者の判断に影響を及ぼすこととなる重要な事項を告げない行為」を禁止しています。

上の記事の苦情をみると、保険契約を預金契約と誤認させて保険募集を行い、あるいは保険料の払い込み総額について十分な説明をせずに保険募集が行われていますが、これらは保険契約の内容のなかでもコアな部分の「保険契約者又は被保険者の判断に影響を及ぼすこととなる重要な事項」を告げていないことに該当し、保険業法294条および同300条1項1号後段に違反しています。

法300条1項1号後段の違反は、1年以下の懲役もしくは100万円以下の罰金またはその併科の罰則が科されます(保険業法317条の2第7号)。さらに日本郵便は、金融庁に対して不祥事件の届出を行わなければなりません(保険業法127条)。

3.預金等との誤認防止措置
また、郵便局(日本郵便)は、かんぽ生命等から委託を受けた保険代理店であると同時に、ゆうちょ銀行から委託を受けた銀行等代理業者です。

保険業法および銀行法は、銀行等が保険募集を行う際に、顧客の利益を侵害しないために各種の規定を置いていますが、そのなかの一つに、「預金等との誤認防止」の規定があります(銀行法施行規則13条の5第1項)。そして郵便局に業務を委託しているゆうちょ銀行は、委託先の郵便局・日本郵便を監督する責任を負っています(銀行法12条の2第2項)。

したがって、郵便局が保険を預金と誤認させて保険契約を恒常的に行っている実務は、保険業法だけでなく銀行法にも違反しています。

4.不利益事項の不告知
「郵便局員が3年前から高齢の父(82歳)に、保険の申込と解約を繰り返させている。父は解約と契約変更の違いを理解していない。」との家族からの苦情の記事に取り上げられています。既に成立している保険契約を解約させて新たな保険契約の申込をさせることを、「乗換契約」と呼びますが、保険契約者にとって、予定利率が下がるおそれや、解約返戻金が払済保険料総額を大きく下回るおそれなどのデメリットが大きいため、保険募集人はそのデメリット(不利益事項)を保険契約者に十分に説明しなければならないと規定されています(保険業法300条1項4号)。

もし郵便局の実務で不利益事項の説明が十分になされないで乗換契約の保険募集が行われているのであれば、法300条1項4号違反であり、日本郵便は金融庁に対して不祥事件の届出を行わなければなりません(保険業法127条)。

5.高齢者募集
保険契約者などが高齢者であるにもかかわらず、保険募集の際に家族を同席させるなどの対応を行っていないとの苦情も多いようです。高齢者に対する保険募集・金融商品の販売のトラブルの増加を受け、平成26年に金融庁の「保険会社向けの総合的な監督指針」(以下、「監督指針」)の一部が改正され、高齢者に対する保険募集に関する規定が追加されました(監督指針II -4-4-1-1(4))。これを受け、生命保険協会は、「高齢者向けの生命保険サービスに関するガイドライン」を制定し、各生命保険会社に対して、社内規則において、高齢者募集の際に親族等の同席や、複数の機会にわけて保険募集を行うことなどを規定するよう求めています。本記事によると、日本郵便は社内規則で高齢者に保険募集を行う際には、69歳以下の家族が同席するよう規定しているようですが、これが励行されていないようです。これは、監督指針II -4-4-1-1(4)に違反する保険募集であるといえます。

6.しつこく威圧的な勧誘
本記事では、「郵便局員の勧誘がしつこく威圧的で異常。」「養老保険の満期に合わせてしつこい勧誘を受けて、家族の同席のないまま契約した。」等のしつこく威圧的な勧誘の苦情が多いことも説明されています。

保険契約者の自宅等に郵便局員が上がり込み、しつこく威圧的な保険募集を行い、保険契約者がこれに困惑して保険募集に応じたような場合は、保険契約者はこの保険契約を取り消すことができます(消費者契約法4条3項1号)。また、生命保険契約はクーリングオフ制度の対象となっています(保険業法309条)。

7.不告知教唆・告知妨害
保険契約の申込の際の告知における保険募集人の不告知教唆などの苦情も多いようです。「被保険者が「心臓病で入院・手術しているが大丈夫か」と質問したところ郵便局員から「今元気なら大丈夫。告知書はすべて「いいえ」にチェックすればいい」と回答されたという苦情があがっています。

このように保険募集人が保険契約者または被保険者に虚偽の事実を告知するよう教唆したり、あるいは正しい告知を妨害することは保険業法300条1項2号・3号が禁止しています。同号に違反した者には1年以下の懲役もしくは100万円以下の罰金またはこれが併科されます。また、同号違反は不祥事件に該当するので、日本郵便は金融庁に不祥事件の届出を行わなければなりません(同127条)。

また、保険募集人等から不告知教唆・告知妨害があった場合にその保険契約をあとから保険会社が解除できるかが問題となりますが、保険法は保険会社は解除ができないと規定しています(55条2項2号・3号)。

8.「2年掛けたら終わり」話法
本記事では、「保険料の払い込み期間は2年間で、その後の保険料の支払いは必要ない」という趣旨の「2年掛けたら終わり」話法が郵便局の保険募集で使用されているとされています。

これは、「満期保険につき5年後には払込保険料全額に利子をつけて返還される」といういわゆる「5年話法」に類似するものと思われ、保険業法300条1項1号前段の禁止する虚偽説明(不正話法)に該当します。(中原健夫・‎山本啓太・関秀忠・岡本大毅『保険業務のコンプライアンス 第3版』156頁)

同号に違反した者には1年以下の懲役もしくは100万円以下の罰金またはこれが併科されます。また、同号違反は不祥事件に該当するので、日本郵便は金融庁に不祥事件の届出を行わなければなりません(同127条)。

■参考文献
・中原健夫・‎山本啓太・関秀忠・岡本大毅『保険業務のコンプライアンス 第3版』99頁、152頁、156頁、160頁、206頁、228頁
・錦野裕宗・関秀忠『保険コンプライアンスの実務』146頁
・保険研究会『コンメンタール保険業法』478頁

■関連するブログ記事
・【解説】保険契約の高齢者募集における留意点について/監督指針等の改正をめぐって

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