学校の無償化と憲法改正について | なか2656のブログ

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1.はじめに
最近、政府・与党より、憲法9条とセットで、学校教育の無償化が憲法改正の理由づけとして主張されています。

2.教育を受ける権利について
そもそも教育の無償化が憲法改正を行われなければ達成できないという自民党・公明党・日本維新の会らの主張は正しいのでしょうか。

まず、現行憲法26条はつぎのようになっています。

第二十六条  すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
 2  すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。


つぎに、自民党の憲法改正草案は、1項2項は同様で、さらにつぎの3項を新設しています。

 3  国は、教育が国の未来を切り拓く上で欠くことのできないものであることに鑑み、教育環境の整備に努めなければならない。


冒頭にあげた現行憲法26条2項は、「義務教育は、これを無償とする」と規定しています。しかし具体的に義務教育の細目を定めているのは、学校教育法、私立学校振興助成法などの各種の法律です。これらの法律は憲法と違って国民投票などを経る必要はないのですから、自民、公明などが必要と考えるのであれば、国会で審議を行い、法改正や新法を制定すればよい話です。

なお、自民党の草案26条3項は、「教育環境の整備」の名の下に、国が教育現場にさらなる介入をする手がかりに使われる危険性があります。(伊藤真『赤ペンチェック自民党憲法改正草案』54頁)

また、最近の政府・与党は例えば教育勅語を教育現場で使うことを否定しませんでした。さらに最近は森友事件の問題もありました。そのように教育に特定の思想を押し付けるべきでもありません。

補足すると、この、教育を受ける権利について争われる重要な問題は、教育を受ける権利に応えるべきなのか(教育権を持つのは)、もっぱら国なのか、あるいは親、教師などの国民なのかという問題です。

つまり、教育内容についてはもっぱら国が関与・決定をする権限を有しているとする考え方(国家教育権説)と、子どもの教育について責任を負うのは、親およびその付託を受けた教師を中心とした国民であり、国は教育の環境整備の任務を負うにとどまるとする考え方(国民教育権説)との対立があります。

この問題は、家永教科書裁判(第一次最高裁平成5年3月16日、第二次昭和57年4月8日、第三次平成5年8月29日)において争点となったほか、旭川学テ事件(最高裁昭和51年5月21日判決)においても争点となり、最高裁は、国家教育権説も国民教育権説のどちらも「極端かつ一方的」であるとして、その折衷的な立場をとるべきであるとしました。

つまり、教師に一定の範囲で教育の自由が認められると同時に、国も一定の範囲で教育内容を決定する権能を有するとします。その際、子どもが自由かつ独立の人格として成長することを妨げるような国家的介入、たとえば誤った知識や一方的な観念を子どもに植えつけるような内容の教育をほどこすことを強いるようなことは憲法26条、13条から許されないとしました。

このような判例を見ても、国の教育現場への介入を強烈に行う現在の政府・与党のスタンスは違法・不当であると思われます。

3.公の財産の支出について
ところで、維新も憲法改正原案をネット上で公開しています。

・「おおさか維新の会」 憲法改正原案公開のお知らせ(PDF)

維新の教育を受ける権利も自民に似ていますが、注の部分に

※5なお、私立学校を無償措置の対象とすることに伴い、憲法八十九条の整理も必要となるか。

とあるのが興味深い点です。

憲法89条はつぎのようになっています。

第八十九条  公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。


維新が問題提起している私学の助成については、通説・実務は、この条文の「公の支配に属しない」について、私立学校法59条は、「別に法律の定めるところにより、学校法人に対して、私立学校教育に関し必要な助成をすることができる」と定め、私立学校助成法がその細目を定めていること等から、「公の支配」に属しているとして、私立の中学・高校も国や地方自治体から助成を受けることができるとされています。(小林孝輔・芹沢斉など『基本法コンメンタール憲法 第5版』409頁)。

つまり、憲法89条に関しても、私立学校への助成を考えたとしても、それは私立学校助成法等の各法律を改正などすればよいのであって、憲法改正は不要です。

これは単に維新の憲法改正担当者があまりよく調べていなかったからなのかもしれません。しかし、うがった見方をすれば、これは、教育無償を名目として、憲法20条とともにわが国の政教分離原則を担っている憲法89条をこっそり改正し、わが国の政教分離を破壊してやろうという維新の企みなのかもしれません。

これは注意が必要に思われます。


新基本法コンメンタール憲法―平成22年までの法改正に対応 (別冊法学セミナー no. 210)



増補版 赤ペンチェック 自民党憲法改正草案