生産物賠償責任保険(PL保険)とBusiness Risk(ビジネスリスク)条項 | なか2656のブログ

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一.はじめに
『判例タイムズ』1420号371頁に、生産物賠償責任保険のBusiness Risk条項(ビジネスリスク条項)について争われた興味深い判決が掲載されていました。同誌のコメント部分によると、この事件はビジネスリスク条項について裁判所が判断を示したわが国初の判決であるとのことです。


二. 東京地裁平成26年2月12日判決(請求棄却、控訴棄却)
1.事案の概要
Xは、家庭用給水器エコキュート内の三方弁に組み込まれる電動モーター部品であるNTGDを製造するメーカーであった。

Xの親会社B社は、外国保険会社のA社(エイアイユー保険会社)と、Bを保険契約者、BとXを被保険者とする生産物賠償責任保険契約(いわゆるPL保険契約)を平成18年4月に締結し、平成23年4月まで継続させた。

当該生産物賠償責任保険契約の約款には、つぎのようなBusiness Risk条項と呼ばれる免責条項があった(以下「ビジネスリスク条項」とする)。

ビジネスリスク条項

「この保険は、被保険者の生産物又は被保険者が行い、若しくは被保険者のために行われて引き渡された作業が、設計、製法、仕様、広告文書、取扱指示書等の誤り又は不備に起因して、被保険者の意図した機能を発揮できず、又は目的を達成できなかったことに起因して生じた『身体障害』又は『財物損壊』には適用されない。
 ただし、『身体障害』又は『財物損壊』が、当該生産物又は作業の『active malfuncioning』に起因する場合は、この限りではない。」


Xが上記NTGDを製造し納入していたところ、NTGDの不具合によりエコキュートが上手く作動せず機能を停止する事故が多発した(本件各事故)。そのため、XからNTGDの納品を受けていた給湯器メーカーなどより損害賠償義務を負ったとして、Xは本件生産物賠償責任保険契約に基づいて保険金約6億円の支払いを求めたのが本件訴訟である。なお被告Yは、金融庁の認可を受けて、A社の日本支店の権能をすべて包括的に引き継ぐ法人(AIU損害保険株式会社)である、

本訴訟では、ビジネスリスク条項の解釈やその適否が中心的な争点となった。

2.判旨
(1)ビジネスリスク条項本文の解釈
『BR条項(=ビジネスリスク条項)の本文は、被保険者である原告の製品が「設計、製法」等の「誤り又は不備」に起因する、原告の「意図した機能」の不発揮又は目的不達成による「財物損壊」を、保険の適用対象外としているところ、製品の設計、製法の誤りによって意図した機能が発揮できず、又は目的が達せられない事態というのは、製品の通常の開発過程において当然に付随する開発リスクであって、その防止・抑制は、本来的には、製品の開発過程において開発者である原告の側で自ら取り組むべき事柄であるということができる。
 そうすると、これを免責するものとしたBR条項の本文の趣旨は、製品の通常の開発過程において当然に付随する開発リスクが現実化したことにより他物に生じた損害については、原則として原告において自ら負担すべきとの考え方に基づくものであると解される。

(2)ビジネスリスク条項ただし書の解釈
『他方で、BR但書が、例外的に、「身体障害又は財物損壊が、当該生産物(中略)の「active malfuncioning」に起因する場合」には保険を適用することとしていることは前提事実(略)のとおりであるところ、その趣旨は、上記のようなBR条項の本文の趣旨に加え、「active malfuncioning」の通常の語義、とりわけ機能不全又は機能障害を意味する「malfuncioning」に、能動的、積極的又は活発的な様子を意味する「active」という接頭語が付せられていること、BR条項に関する文献(略)において、BR条項本文とBR条項但書の関係につき、ガンに効きめがあるとして薬を販売したが、当該効用がなく、これを服用した患者がガンで死亡した場合や、殺虫能力があるとして農薬を販売したが、当該効用がなく、当該農薬を散布した農作物が害虫により死滅した場合は、BR条項本文により保険会社は免責されるが、当該ガン用医薬品がガンに効かなかっただけでなく、その副作用によって患者を死亡させた場合や、当該農薬が殺虫能力がなかっただけでなく、当該農薬の毒性によって直接農作物が死滅した場合は、BR条項但書が適用されて、保険会社は免責されない旨が記述されていること(略)も併せて検討すると、生産物の開発リスクのうちでも、当該生産物の積極的な作用による第三者の財物に対する悪影響など、生産物の開発過程において意図した機能の不発揮等にとどまらない事態の発生によって生じた財物損壊等については、被保険者の負担とするのではなく、保険で填補することを相当としたものであると解される。
 そうすると、「active malfuncioning」とは、生産物の積極的な作用による第三者の財物に対する悪影響など、生産物の開発過程において意図した機能の不発揮等にとどまらない事態の発生をいうと解するのが相当である。


(3)本事案へのあてはめ
判決は本件各事故を個別具体的に検討したうえで、つぎのように述べています。

上記のとおり通電しなくなるなどという不具合が生じることは、NTGDがモーターとしての本来的な役割を果たせないことを意味するから、その不具合は、Xの「生産物」が「設計」等の誤りに起因したXの「意図した機能」の不発揮に当たるということができる。したがって、BR条項の本文は、本件各事故に適用されるというべきである。


そして結論として本判決はXにはビジネスリスク条項本文の免責が適用されるとして、Xの請求を棄却しています。

3.検討・解説
(1)本判決の検討
本判決は、争点となったビジネスリスク条項について、本文の趣旨については、「製品の通常の開発過程において当然に付随する開発リスクが現実化したことにより他物に生じた損害については、原則として原告において自ら負担すべきとの考え方に基づくもの」としています。

一方、ビジネスリスク条項但書の趣旨について本判決は、「生産物の開発リスクのうちでも、当該生産物の積極的な作用による第三者の財物に対する悪影響など、生産物の開発過程において意図した機能の不発揮等にとどまらない事態の発生によって生じた財物損壊等については、被保険者の負担とするのではなく、保険で填補することを相当としたものであると解される。」としています。

つまり、本判決は本件生産物賠償責任保険のビジネスリスク条項本文について、「製品の通常の開発過程において当然に付随する開発リスクが現実化したことにより他物に生じた損害は免責される」と結論を導いています。

(2)アメリカの生産物賠償責任保険のビジネスリスク条項との比較
日本の生産物賠償責任保険を始めとする賠償責任保険は、アメリカのIOS約款(Insurance Service Office)を模範とし約款などの基礎書類が作成され、1957年に大蔵省から認可を得て販売が始まりました。その後、アメリカのIOS約款は何度か改正が行われましたが、日本の生産物賠償責任保険を始めとする賠償責任保険は、2010年成立の保険法対応にあたって行われました。

この改正により、日本の生産物賠償責任保険は、従来はitself免責(生産物自体または仕事の目的物自体の使用不能損害は免責ということ)だけであったところ、完成品全般が免責となりました。アメリカの約款では、完成品に物理的損害がある場合は、ビジネスリスクと扱わず補償対象とされています。ビジネスリスクとして免責となるのは、完成品に使用不能損害がある場合であって、それらが欠陥ある生産物(部品または原材料)の除去等により元の状態に修復できる場合に限られます。さらに、元の状態に修復できる場合であっても生産物に生じた急激かつ偶発的な物理的損害に起因する場合はその免責は適用されないとされています(鴻上喜芳「生産物損害賠償責任保険約款の課題」『保険学論集』636号231頁)。

そして、鴻上教授は、日本の生産物賠償責任保険約款よりもアメリカの約款のほうが、商品・部品メーカーにとって納得感があるだろうとし、アメリカ約款に比べ極めて広い免責となっている日本の保険会社各社の約款は見直しが必要であるとしています。

■参考文献
・『判例タイムズ』1420号371頁
・鴻上喜芳「生産物損害賠償責任保険約款の課題」『保険学論集』636号(平成29年3月号)231頁
・「Business Risk条項の解釈について判断された事例」『銀行法務21 ダイジェスト金融商事重要判例 平成28年版』68頁

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