【最高裁】令状なしのGPS捜査は違法で立法的措置が必要とされた判決(最大判平成29年3月15日) | なか2656のブログ

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1.はじめに
関西で平成25年に警察により行われたGPS捜査の適否について、本年(平成29年)3月15日に最高裁判決が出されました。

この最高裁判決は、令状によらないGPS捜査は違法であるとし、また、そのような捜査は憲法の定める令状主義や適正手続を潜脱するものであるとして、立法的な手当が必要であるとしました。

■本訴訟の第一審についてはこちら
・令状なしに行われたGPS捜査は適法・違法と判断が分かれた裁判例/発展的プライバシー論



2.事案の概要
連続窃盗事件のために、警察が令状なしに被告人らが使用する蓋然性のあった車両合計19台の外表にGPS端末を取り付け、長期間(平成25年5月から同年12月まで約6か月半)にわたりその位置情報を取得したことの適否が争われたのが本件訴訟である。

3.第一審および第二審の判断
(1)第一審(大阪地裁平成27年6月5日決定)
第一審は、GPS端末による位置情報の取得は、尾行や張込みと異なって、「不特定の第三者から目視により観察されることのない空間、すなわちプライバシー保護の合理的期待が高い空間」でも可能であること、GPS端末取付け時等の私有地への警察官の立入りが「管理権者の包括的承認」のもとに行われていたか疑義のあること等を指摘し、本件GPS捜査は強制処分に該当し、本来必要な検証令状の発付がないゆえに違法であるとし、「令状主義の精神を没却するような重大な違法」があるとしている。

ただし、同判決はその他の証拠は採用し、それに基づき有罪が言い渡されたため、被告人が控訴した。

(2)第二審(大阪高裁平成28年3月2日判決)
第二審は、本件GPS捜査により取得可能な情報は、GPS端末を取り付けた車両の所在位置に限られるなどプライバシーの侵害の程度は必ずしも大きいものではないとし、また、GPS捜査が強制処分法定主義に反し令状の有無を問わず適法に実施し得ないものと解することも到底できないことなどを理由として、本件GPS捜査に重大な違法はないとして、被告人の控訴を棄却した。

4.最高裁の判断
(1)GPS捜査は令状なしに行うことのできる捜査か
『(1) GPS捜査は,対象車両の時々刻々の位置情報を検索し,把握すべく行われるものであるが,その性質上,公道上のもののみならず,個人のプライバシーが強く保護されるべき場所や空間に関わるものも含めて,対象車両及びその使用者の所在と移動状況を逐一把握することを可能にする。このような捜査手法は,個人の行動を継続的,網羅的に把握することを必然的に伴うから,個人のプライバシーを侵害し得るものであり,また,そのような侵害を可能とする機器を個人の所持品に秘かに装着することによって行う点において,公道上の所在を肉眼で把握したりカメラで撮影したりするような手法とは異なり,公権力による私的領域への侵入を伴うものというべきである。』

『(2) 憲法35条は,「住居,書類及び所持品について,侵入,捜索及び押収を受けることのない権利」を規定しているところ,この規定の保障対象には,「住居,書類及び所持品」に限らずこれらに準ずる私的領域に「侵入」されることのない権利が含まれるものと解するのが相当である。そうすると,前記のとおり,個人のプライバシーの侵害を可能とする機器をその所持品に秘かに装着することによって,合理的に推認される個人の意思に反してその私的領域に侵入する捜査手法であるGPS捜査は,個人の意思を制圧して憲法の保障する重要な法的利益を侵害するものとして,刑訴法上,特別の根拠規定がなければ許容されない強制の処分に当たる(最高裁昭和50年(あ)第146号同51年3月16日第三小法廷決定・刑集30巻2号187頁参照)とともに,一般的には,現行犯人逮捕等の令状を要しないものとされている処分と同視すべき事情があると認めるのも困難であるから,令状がなければ行うことのできない処分と解すべきである。


(2)新たな立法措置の必要性
『GPS捜査は,情報機器の画面表示を読み取って対象車両の所在と移動状況を把握する点では刑訴法上の「検証」と同様の性質を有するものの,対象車両にGPS端末を取り付けることにより対象車両及びその使用者の所在の検索を行う点において,「検証」では捉えきれない性質を有することも否定し難い。仮に,検証許可状の発付を受け,あるいはそれと併せて捜索許可状の発付を受けて行うとしても,GPS捜査は,GPS端末を取り付けた対象車両の所在の検索を通じて対象車両の使用者の行動を継続的,網羅的に把握することを必然的に伴うものであって,GPS端末を取り付けるべき車両及び罪名を特定しただけでは被疑事実と関係のない使用者の行動の過剰な把握を抑制することができず,裁判官による令状請求の審査を要することとされている趣旨を満たすことができないおそれがある。さらに,GPS捜査は,被疑者らに知られず秘かに行うのでなければ意味がなく,事前の令状呈示を行うことは想定できない。刑訴法上の各種強制の処分については,手続の公正の担保の趣旨から原則として事前の令状呈示が求められており(同法222条1項,110条),他の手段で同趣旨が図られ得るのであれば事前の令状呈示が絶対的な要請であるとは解されないとしても,これに代わる公正の担保の手段が仕組みとして確保されていないのでは,適正手続の保障という観点から問題が残る。』
(略)

『仮に法解釈により刑訴法上の強制の処分として許容するのであれば,以上のような問題を解消するため,裁判官が発する令状に様々な条件を付す必要が生じるが,事案ごとに,令状請求の審査を担当する裁判官の判断により,多様な選択肢の中から的確な条件の選択が行われない限り是認できないような強制の処分を認めることは,「強制の処分は,この法律に特別の定のある場合でなければ,これをすることができない」と規定する同項ただし書の趣旨に沿うものとはいえない。』

 『以上のとおり,GPS捜査について,刑訴法197条1項ただし書の「この法律に特別の定のある場合」に当たるとして同法が規定する令状を発付することには疑義がある。GPS捜査が今後も広く用いられ得る有力な捜査手法であるとすれば,その特質に着目して憲法,刑訴法の諸原則に適合する立法的な措置が講じられることが望ましい。


このように最高裁は判示し、GPS捜査によって得られた証拠の証拠能力を否定しつつ、それと関連しないその余の証拠の証拠能力は肯定し、被告人を有罪とした第一審判決は正当であるとしました。

5.検討・解説
(1)海外の事例
海外の事例としては、アメリカにおいて、2012年にFBIが令状による許可期間を超えて行ったGPS捜査が合衆国憲法修正4条後段の令状主義違反であるとする米連邦最高裁が出されました。(ジョーンズ事件判決 United States v. Jones,2012・1・23)

また、ドイツにおいては刑事訴訟法において明文規定が置かれ、令状手続きが設けられているそうです(ドイツ刑事訴訟法163f条4項)。
(指宿信「GPS利用捜査とその法的性質」『法律時報』87条10号58頁)

(2)GPS捜査に関する学説
(a)任意捜査説
GPS捜査に関するわが国における学説としては、「私的空間と異なり、公道上や不特定多数者が出入りする空間においては個人のプライバシーの利益は放棄されているので、GPS捜査は任意処分にとどまる」あるいは、「GPSを補助手段として使用する尾行が適法なものと認められる限度で」GPS捜査を令状の不要な任意処分として認める見解があります(前田雅英『捜査研究』770号56頁など)。

(b)強制捜査説
一方、「(GPS捜査につき)このような捜査手法は、何らの立法も令状もなしに行われる場合、プライバシーを侵害する違法捜査ではないのか。現在のところ、とくに立法的手当てもなされておらず、この捜査方法が強制処分だとすれば、強制処分法定主義に違反する。(本件第一審判決に関して)同事件は、GPS装置による追跡は検証としての性格を有するものであり、無令状によるGPS捜査は違法だとして証拠排除した。精度の高いGPS装置による捜査は、やはり強制捜査というほかないであろう。」(白取祐司『刑事訴訟法[第8版]』122頁)とする学説があります。

(c)発展的プライバシー論
さらに、GPS捜査を任意処分と考える学者がその前提とする、プライバシー保護について公共空間と私的空間とを分ける公私二分論は、GPS捜査、防犯カメラ、ビッグデータなどIT技術が進歩している現代社会では通用しないと批判し(発展的プライバシー論)、従来の捜査手法である尾行や張り込み等とGPS捜査との個人情報の取得の大きさや網羅性などの差異に着目し、公共空間においてもGPS捜査を強制処分とする学説もあります(指宿・前掲62頁)。

また、GPS捜査による位置情報検索は、長期的かつ継続的に対象の行動を把握し、公的空間であっても親族・政治性・職業性・宗教観・性的嗜好等、一定の情報と密接に杏連し得る場合があることから、公私二分論は妥当しないとも指摘されています(黒川享子「捜査方法としてのGPSの利用の可否」『法律時報』87巻12号117頁)。

そしてこの見解は、通信傍受法が傍受期間を特定し、通話の該当該当性判断を行い、事後に傍受対象者本人に通知して異議申し立ての機会を保障する強制処分という法制度となっていることに注目し、GPS捜査についても、検証許可状による運用ではなく、令状手続きに事後通告を盛り込む等の新たな立法的な手当が必要としています(指宿・前掲60頁、黒川・前掲119頁)。

(3)本最高裁判決について
まず、本最高裁判決は、「GPS捜査は,対象車両の時々刻々の位置情報を検索し,把握すべく行われるものであるが,その性質上,公道上のもののみならず,個人のプライバシーが強く保護されるべき場所や空間に関わるものも含めて,対象車両及びその使用者の所在と移動状況を逐一把握することを可能にする。このような捜査手法は,個人の行動を継続的,網羅的に把握することを必然的に伴うから,個人のプライバシーを侵害し得るもの」であるとしています。

そして、「憲法35条には「私的領域に「侵入」されることのない権利が含まれる」とし、GPS捜査は「個人の意思を制圧して憲法の保障する重要な権利利益を侵害するもの」として強制処分にあたり、令状なしのGPS捜査は行うことのできない違法なものとしています。

とくに本最高裁判決は、憲法35条の「保障対象には,『住居,書類及び所持品』に限らずこれらに準ずる私的領域に「侵入」されることのない権利が含まれる」と、プライバシーの範囲を「住居」だけでなく、「準ずる」分野を新設したことが注目されます。

このように本判決は、私的領域のみならず、公道上においても、GPS捜査は「個人の行動を継続的,網羅的に把握することを必然的に伴うから,個人のプライバシーを侵害」にあたるとしており、これは指宿教授らの発展的プライバシー論に近似した見解に基づく、GPS捜査は強制捜査であり令状が必要との考え方であるように思われます。

GPSだけでなくビッグデータ、防犯カメラ・顔認証システムやⅠoT等などIT技術が急速に発展し、国民のプライバシー権が大きく脅かされている現状を最高裁は正当に判断したものと思われます。

つぎに、本最高裁判決は、「GPS捜査は,被疑者らに知られず秘かに行うのでなければ意味がなく,事前の令状呈示を行うことは想定できない」ことなどから適正手続(憲法31条)に抵触するおそれがあるとします。

そして本判決は、「また、仮に法解釈により刑訴法上の強制の処分として許容するのであれば,以上のような問題を解消するため,裁判官が発する令状に様々な条件を付す必要が生じるが,事案ごとに,令状請求の審査を担当する裁判官の判断により,多様な選択肢の中から的確な条件の選択が行われない限り是認できないような強制の処分を認めることは,「強制の処分は,この法律に特別の定のある場合でなければ,これをすることができない」と規定する(刑事訴訟法197条1)項ただし書の趣旨に沿うものとはいえない。」として、GPS捜査を今後も行うのであれば、新たな法律を作るよう国会に求めています。

これも指宿教授らが主張するとおり立法措置を求める内容となっています。どうしてもGPS捜査を行わなければならない場合に対しては、警察内の内部規則でなく、裁判所から専用の令状を取得するという第三者からのチェックという法的手続きを経て実施されるべきです。

■本訴訟の第一審、発展的プライバシー論などについてはこちら
・令状なしに行われたGPS捜査は適法・違法と判断が分かれた裁判例/発展的プライバシー論

■参考文献
・指宿信「GPS利用捜査とその法的性質」『法律時報』87条10号58頁
・宇藤祟「捜査のためにGPSを使用することの適否-大阪高裁平成28年3月2日」『法学教室』431号145頁
・白取祐司『刑事訴訟法[第8版]』122頁
・前田雅英『捜査研究』770号56頁
・黒川享子「捜査方法としてのGPSの利用の可否」『法律時報』87巻12号117頁

GPS捜査とプライバシー保護: 位置情報取得捜査に対する規制を考える



刑事訴訟法 第9版



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