マイクロソフトのWindows10への強引なアップグレードは違法でないのか? | なか2656のブログ

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1.Windows10の強制アップグレードに米で1万ドル支払い命令の判決
つい先日、つぎのような興味深い記事がありました。

『「PCが勝手にWindows 10に自動アップグレードされ、仕事に支障をきたした」として、アメリカの旅行代理店の社長がマイクロソフト社を訴えていた裁判で、マイクロソフト社に1万ドル(約100万円)の支払いを命じた一審判決が確定した。6月28日、地元紙のシアトルタイムズなどが報じた。』

『マイクロソフト社の広報担当は一審敗訴を不服として控訴したが、その後取り下げた。同社は不正を否定した上で、訴訟費用が増えることを避けるため支払いを決めたという。』
(「Windows 10の自動アップグレード、マイクロソフト社に1万ドル支払い命令 相次ぐ苦情、通知画面も変更へ」Huffingtonpost)


・Windows 10の自動アップグレード、マイクロソフト社に1万ドル支払い命令 相次ぐ苦情、通知画面も変更へ|Huffingtonpost

これは日本ではどうなのだろうと考えてしまいました。



1.民事上の観点から
(1)マイクロソフトと契約関係にある場合
たとえば企業や官庁などが自社のPCの保守サービス等をマイクロソフトに委託し、保守契約を締結していた場合は、Windows 10に勝手に自動アップグレードが行われ業務が滞ったときには、その損害をマイクロソフトに請求しやすいと思われます(民法415条)。

保守契約を締結している以上、その契約から付随して、依頼主の企業側の意思に反して自動アップグレードさせない義務が発生すると思われるからです(民法1条2項)。

(2)マイクロソフトと契約関係にない場合
一方、うえと違って個人事業主や一般の私人など、マイクロソフトと契約関係にない者は、もしWindows 10に勝手に自動アップグレードが行われ、何らかの損害を被った場合、不法行為に基づく損害賠償をマイクロソフトに請求することになります(民法709条)。

しかしその場合、マイクロソフトのWindows 10の自動アップグレードという侵害と、発生した損害との間に相当因果関係があることを私人等が立証しなければなりません。また、損害の額も私人等の側が立証しなければなりません。

また、これは少し調べた限りではわからなかったのですが、マイクロソフトのWindows 10に、これは消費者契約法10条などから問題があると思われますが、アップグレードなどの際に損害が発生しても当社は責任を負わないという免責規定が置かれている可能性があります。もしあった場合、かりに訴訟を提起したら、それも大きな争点となるでしょう。

このように考えると、マイクロソフトと保守契約などの継続した契約関係にない一般の私人等は、マイクロソフトに損害賠償を請求したり、訴訟を提起することは、なかなか厳しいように個人的には思われます。訴訟を提起して、かりに損害賠償が認められても弁護士費用のほうが高くなってしまうといった事態になりかねません。

2.刑事上の観点から
つぎに、本年4月ごろから、PC画面全体を覆うかのような巨大な、しかもわかりにくいWindows 10へ強引にアップグレードをうながすポップアップ画面が頻繁に表れるようになりました。

このポップアップ画面は大きいだけでなく、キャンセルする方法がわかりにくく、一見、「今すぐアップグレード」というボタンと「今夜アップグレード」というボタンしかないなど、ユーザーに心理的圧迫感を与えるものでした。

それを表示させたプログラムに関して、マイクロソフトを刑事上の責任を問うことはできないでしょうか。この点、平成23年に新設された、いわゆるウイルス作成罪(不正指令電磁的記録作成罪)という罪があります。

(不正指令電磁的記録作成等)
第168条の2  正当な理由がないのに、人の電子計算機における実行の用に供する目的で、次に掲げる電磁的記録その他の記録を作成し、又は提供した者は、三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
 人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録
 (後略)


この罪は、PCユーザーの意図に反する動作をさせる不正な指令を与えるプログラムを作成、提供する行為であって、ユーザーがそのウイルス作用を実行する意図がないのに実行させる状態におくこととされています(刑法168条の2第1項)。

たとえば、ウイルス作成罪が適用された事例として、インターネット上の有料アダルトサイトで、被害者らに利用料金の支払い義務が発生したと誤認させ支払わせることを心理的に強制するために被害者のPCに女性の半裸の画像等を表示し続ける不正指令プログラムをダウンロードさせた行為について、京都地裁平成24年7月3日判決は、被告人2名にそれぞれ懲役3年・懲役2年6月、執行猶予4年の有罪判決を出しています(小早川真行など『インターネットの法的論点と実務対応[第2版]』336頁)。

しかし、この刑法168条の2第1項は、冒頭で、「正当な理由がないのに」という限定を加えています。つまり「正当な理由」があれば違法性がないとして、条文の規定する構成要件に該当しても罪に問われないのです(浅田和茂・井田良『新基本法コンメンタール刑法』361頁)。

この点、例えばソフト開発会社がウイルス対策ソフトを開発する場合や試験の目的で社員のPCに導入する等は「正当な理由」にあたり違法性が阻却されると解説されています(前田雅英『刑法各論講義[第6版]』405頁)。

そのため、新聞記事などで報道されている、マイクロソフトの「お客様のWindows 10アップグレードのお手伝いする目的である」との主張が「正当な理由」に該当するかが問題となります。

この点、消費者庁が6月22日に出したWindows 10アップグレードの注意喚起を読むと、アップグレードの前に確認すべき点を列挙していますが、慎重に言葉を選び、アップグレードは悪いとは書いていません。

・Windows 10 への無償アップグレードに関し、確認・留意が必要な事項について|消費者庁

そのため、かりにマイクロソフトがこの件で告訴・告発がなされても、検察や裁判所もぎりぎり「正当な理由」ありと判断してしまうのではと思います。

3.消費者法における立法的な措置を
個人的には、消費者庁管轄の法令を一部改正するか、新法をつくり、このWindows 10の事例のような電子上の強引な押し売り・勧誘を規制する立法的な手当が必要と思いました。

たとえば消費者契約法4条3項1号は、事業者が消費者の住居で売買などの勧誘をして消費者が退去するよう申出たのに退去しなかった場合には、もし契約を締結してもそれを取消すことができるとします。

また、特定商取引法3条の2第2号は、消費者が売買契約等を締結しない意思を示したときは、訪問販売の業者はさらに勧誘をしてはならないと規定しています。

また、特定商取引法11条以下は、通信販売につき定めており、この類型にはインターネットも含まれます。

この点、「顧客の意に反して通信販売に係る売買契約又は役務提供の申込をさせようとする行為で主務政令で定める行為」に該当する場合は、主務大臣は当該事業者に対して必要な措置をとることができるとされています(特定商取引法14条1項2号)。

しかしこの政令に関する消費者庁のガイドラインをみると、契約の申込にあたって契約の対象となる物の内容や数量、金額などが明示されているか否かが定められているのみです。

・インターネット通販における「意に反して契約の申込みをさせようとする行為」に係るガイドライン

このように現実社会での押し売り・強引な勧誘はそれなりに法規制が準備されているのですが、インターネット上はまだまだという状況です。これからはますます電子上の売買などが発達すると思われますので、インターネット上の押し売りや過剰な勧誘なども現実社会同様、法規制すべきです。

余談ですが、このマイクロソフトの商魂丸出しの強引で下品なWindows 10アップグレードには私は正直、非常にうんざりする思いです。

一方、アップルは顧客のプライバシーを守るためにFBIとバトルを展開したそうであり、また例えばヤフージャパンなどが携帯電話のWi-Fiの電波による位置情報等により携帯電話の持ち主をプロファイリングする研究開発を行っているのに対して、アップルは逆にプロファイリングできないようにする取り組み等を行っているそうです。

このような話を聞き、最近、私のなかで、マイクロソフトの株が急降下する一方で、アップルの株が急上昇中です。

■参考文献
・前田雅英『刑法各論講義[第6版]』405頁
・浅田和茂・井田良『新基本法コンメンタール刑法』361頁
・小早川真行など『Q&Aインターネットの法的論点と実務対応[第2版]』336頁

刑法各論講義 第6版



新基本法コンメンタール刑法 別冊法学セミナー (別冊法学セミナー no. 219)



Q&A インターネットの法的論点と実務対応 第2版





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