落雷による瞬間電圧低下によるパソコンの故障は店舗総合保険の保障対象の「落雷」にあたるか? | なか2656のブログ

なか2656のブログ

ある会社の社員が、法律などをできるだけわかりやすく書いたブログです

一.はじめに
少し前の法律雑誌に、落雷による瞬間電力低下(瞬低)により事業者から事務所のパソコンのハードディスクが損傷したとして店舗総合保険契約に基づく保険金請求がなされ、保険会社がこれを拒んだため、裁判で争われた興味深い事例が掲載されていました(高松高裁平成28年1月15日判決)。地裁判決は事業者側の主張を認めていますが、高裁判決はこれを棄却しています。

二.高松高裁第4部平成28年1月15日判決(請求棄却、上告・上告受理申立て)
1.事案の概要
高知市の建築設計事務所を経営するXは、損害保険会社であるYとの間で、平成23年6月に事務所建物およびその建物内の什器備品等を保険目的物とする店舗総合保険契約を締結した。

平成24年5月9日に落雷に伴って発生した瞬間電圧低下によってXの事務所内のパソコンのハードディスクが破損し、代替のハードディスク購入代、データ復旧費用などの損害が発生したとして、Xは本件保険契約に基づいてYに約335万円の保険金請求を行った。

本件保険契約の店舗総合保険約款には、「当会社は、次のいずれかに該当する事故によって保険の対象について生じた損害について、この約款に従い、損害保険金を支払います。」との条項があり、この「事故」のひとつとして「落雷」があげられていた。

なお、瞬間電圧低下(以下「瞬低」という)とは、発電所から配電用変電所までの特別高圧送電設備のいずれかの箇所に落雷があった場合に、落雷による異常高電圧エネルギーが下流に流れて停電等が発生することを防ぐために、変電所において自動的に当該送電系統の送電を遮断して別の送電系統からの送電に切り替える際に、下流の送電網に0.07秒から2秒程度の間、電圧低下が起こることである。

本件パソコンのハードディスクの損傷は、瞬低により読み取りヘッドとディスク面が接触して発生したものであった。

第一審(高知地裁平成26年10月8日判決)は、本件約款の、「「落雷」によって保険の対象について生じた損害」は、保険の対象が落雷によるエネルギーを直接受けた場合に限定されると解することはできないとして、Xの請求を認容した。Yが控訴。

2.判旨
(1)本件パソコンの損傷が本件約款の定める「落雷」により生じたものかについて
(a)店舗総合保険の性質
『本件契約に基づく店舗総合保険は、店舗向けに構成された、損害保険の一種である火災保険商品であり、その本質は火災保険である。したがって、本件契約に適用のある本件約款は、同一又は類似の表現を用いて定められている火災保険普通保険約款等の対応条文と整合的に解釈適用することを要する。
 <証拠略>によれば、火災保険は、もともと「火災」のみを保険事故とするものであったところ、落雷が引き続いて火災につながり保険目的物に損害が生じた場合には損害填補が認められるのに対して、火災につながらず落雷ショックにより保険目的物に損害が生じた場合には損害填補が認められないことが均衡を欠くことから、後者については火災保険の商品改善の歴史の中で、徐々に担保される保険の目的の範囲が拡大され、昭和55年までに、火災保険に係るすべての約款で担保されることになったという経緯が認められる。』

(b)保険料率の問題
『そして、<証拠略>から<証拠略>までによれば、保険料率については、元々火災の結果につながる落雷のリスクは通常の火災危険の測定に含まれていたことから、約款が上記のとおり改正され、火災の結果をもたらさない落雷を保険事故に含むようになった後も、あくまでも保険の目的物について生じた火災を保険事故とする火災保険の基本構造を前提とするもので、保険事故たる「落雷」とは、保険の目的物に対する落雷のことであるとの考え方から、落雷独自の危険測定に基づいた保険料率の算定は行われて(いない。)』

(c)「落雷」という用語から
『また、「落雷」との用語の理解としては、国語辞典によれば、雷が落ちること、すなわち雷雲と地上物との間の放電として説明されていること(広辞苑6版)からみても、雷による異常高圧電流が対象物に通電したと解釈するのが一般的な理解であると認められる。』

(d)結論
『以上のような約款改正に至る経緯や保険料率算定の方法、約款の文言に照らすと、本件約款1条1項2号にいう「落雷」により生じた損害として保険による填補の対象となるのは、保険の目的物である建物あるいは建物内の動産に対して生じた落雷事故による損害に限られ、本件約款にいう「落雷」により損害が生じた場合とは、異常高圧電流の通電など落雷のエネルギーによって直接に保険目的物に損害が生じた場合をいうものと解するのが相当である。

三.検討
(1)約款の解釈方法
本訴訟では、保険約款における保険金の支払いの対象となる「落雷」に該当するかが争点となっています。

約款は多数の契約を画一的に規律するものであるため、個々の顧客の意思や理解を基準に解釈するのではなく、画一的な解釈をすべきであるとされています。

そのため一般的に、保険約款は保険契約者側の合理的な利益を考慮した合理的な意味内容を探るという方式で解釈されます。

そして、この意味内容の探求にあたっては、素人の理解ではなく法律家の知識を前提とし、その保険契約全体および各約款の趣旨を考慮し、場合によっては約款制定の趣旨や沿革などの事情も踏まえて検討を行うとされています(山下友信『保険法』117頁、最高裁平成7年5月30日判決など)。

約款の文言解釈を重視すれば、地裁判決のような結論が出される可能性がありますが、約款制定の趣旨や沿革なども含めた判断を行うと、とくに「落雷」の要件が出来たプロセス、保険料の算出方法の考え方などから、高裁判決の判断が妥当であるように思われます。(なお本訴訟は最高裁に上告がなされています。)

ただし、一般的な顧客の方は生損保の保険に加入しようとする際に、その保険の沿革などを調べたうえで加入しようとする人はなかなかいないと思われます。保険会社側は、トラブル防止の観点から、各種の募集資料や意向把握・意向確認などの場を活用し、保険契約者等に対して保険金が支払われる場合・支払われない場合について十分な説明を行うことが必要であろうと思われます。

■参考文献
・「金融・商事判例」1488号54頁
・「銀行法務21」800号65頁
・山下友信『保険法』117頁
・山下友信・竹濱修・洲崎博史・山本哲生『有斐閣アルマ保険法第3版補訂版』62頁
・塩野勤・山下丈・山野嘉朗『専門訴訟講座3 保険関係訴訟』10頁

保険法



保険法 第3版補訂版 (有斐閣アルマ)



保険関係訴訟 (専門訴訟講座)




にほんブログ村 政治ブログ 法律・法学・司法へ
にほんブログ村

法律・法学 ブログランキングへ