スラップ訴訟を違法とした事例/伊那太陽光発電スラップ訴訟/長野地裁伊那支部平成27年10月28日 | なか2656のブログ

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1.スラップ訴訟とは
近年、企業などが「市民の反対運動を排除するための訴訟戦術」といわれる「スラップ訴訟」(SLAPP、strategic lawsuit against public participation)を提起していることが社会問題となっています。

この点、最近判決が出された、伊那太陽光発電スラップ訴訟(長野地裁伊那支部平成27年10月28日判決・[確定])は、企業のスラップ訴訟を違法と認定した異例な事例なので、みてみたいと思います。

2.事案の概要
太陽光発電設置業者Xは、平成24年9月から平成25年2月にかけて、長野県伊那市細ケ谷地区などの付近で太陽光発電設備を設置することの許認可を受けた(以下「本件計画」という)。Xが太陽光パネルを設置する予定地は、細ケ谷地区、B、Cの3地区であった。細ケ谷地区はYらの住居地に隣接していた。

Xは地区内の農地や山林、原野、住宅地の近隣など約1.3ヘクタールに、4200枚の太陽光パネルを設置する予定であり、細ケ谷地区では住宅の敷地の2方向に2メートルまで太陽光パネルの建設地が迫る住宅もあった。そのため同地区は全戸が反対している状況であった(「伊那市細ケ谷にメガソーラ計画 集落近く住民困惑」長野日報2013年3月16日付)。


(設置された太陽光パネルの様子。伊那市議の八木択真氏のブログ「アルプスをつなぐ街で~八木択真の伊那日記」より)

このようななか、平成25年3月から7月にかけて、細ケ谷地区の住民を対象にXによる本件計画についての住民説明会が開催された。Yはこの住民説明会に参加し、本件計画に反対である旨を述べるなどした。

その後、XはYの住居地に隣接する細ケ谷地区には太陽光発電施設を設置しないこととして、平成25年10月にB、C地区において設置工事を開始し、平成26年3月、同発電設備を稼働させた。

このような状況のもと、ⅩはYに対して、住民説明会でのYの発言はⅩの名誉および信用を棄損する違法なものであり、かつ、Yがこれらの発言や反対運動によりXに太陽光発電施設の設置を断念させたと主張し、不法行為に基づき、損害賠償約2億5000万円の一部である6000万円の支払いを求める訴訟を提起した(本訴請求事件)

これに対して、YはXの訴えは違法であるとして、慰謝料200万円の支払いを求める反訴請求の訴訟を提起した(反訴請求事件)。

3.判旨(長野地裁伊那支部平成27年10月28日判決・[確定])
Xの請求を棄却。
Yの請求を一部認容し、Xに50万円の慰謝料の支払いを命じる。

(1)Xの本訴請求について
裁判所はつぎのように述べています。
『本件各住民説明会は、本件計画を説明して住民の理解を得られるようにとの目的で開催されたもので、住民から質問や意見が述べられる機会も設けられていたところ、このような住民説明会の場において、計画に反対意見を持つ住民がその反対意見を述べたり質問をすること自体は当然の行為であり何ら問題はない。

もっとも、その発言が、誹謗中傷など不適切な内容であったり、平穏でない態様でなされた場合などには違法性を帯びることもあるので、Xが違法と指摘する第二回および第三回住民説明会でのYの発言を具体的に検討する。』

このように裁判所は判断枠組みを示したうえで、Yの住民説明会での発言を検討しています。そしてそのうえでつぎのとおり述べています。

『このように別紙発言一覧のYの発言は、Xの信用や名誉を毀損する内容でも原告を誹謗中傷する内容でもなく、本件計画に対する懸念の指摘や反対意見の表明等であって、住民説明会での住民の発言として当然あり得るものである。また、発言の具体的な文言としても不適切なものはなく、発言の様態も説明会の進行に従って平穏になされていると認められる。そうすると、別紙発言一覧のYの発言について、違法というべき点はない。』

このように判示して、判決はⅩの請求を棄却しました。

(2)Yの反訴請求について
裁判所は訴訟の提起が違法となりうる場合についてつぎのように述べました。
『本訴請求が違法なものであるか否かについて検討するに、民事訴訟における訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものであるうえ、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である(最高裁昭和63年1月26日第三小法廷判決・民集第四二巻一号一頁参照)。』

そのうえで判決は、本件において、Ⅹは通常人であれば容易に自己の主張に根拠がないことを知り得たのにあえて訴えを提起したものであること、Yらの言動は住民説明会だけでなく、反対運動においても平穏なもので違法性はないこと等を認定し、Ⅹの本件訴訟提起は裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く違法なものであるとして、XにYに対して慰謝料50万円を支払うことを命じる判決を出したものです。

4.検討
本判決はスラップ訴訟を違法と認定したこと、つまり、企業たるXの訴訟提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くとして、Yの反訴請求を肯定した点に意義があります。

冒頭でもふれたとおり、スラップ訴訟とは、企業などが「市民の反対運動を排除するための訴訟戦術」を行うこととされています。

スラップ訴訟等のケースのように、訴訟が裁判所に違法として認定されるためには、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くか否かにかかっており、この点は本判決が引用している、最高裁昭和63年1月26日第三小法廷判決・民集第四二巻一号一頁が判示したところです。つまり、つぎの部分です。

『提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものであるうえ、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるとき』
(栂善夫「訴えの提起が違法となる場合」『昭和63年度重要判例解説』119頁、我妻栄・清水誠『我妻・有泉コンメンタール民法』1348頁)


スラップ訴訟が裁判所に違法と認定された事例としては、本件のほかに、「幸福の科学」が、反対派に対して8億円の損害賠償請求の訴訟を提起したことが違法とされた事例(東京地裁平成13年8月29日判決・「主に批判的言論を威嚇する目的をもってされた訴えの提起が不法行為に当たるとされた事例」『判例タイムズ』1139号184頁)、

武富士を批判する書籍を執筆したジャーナリストに対して同社が損害賠償請求訴訟を提起したところ、それが違法とされた事例(東京地裁平成17年3月30日判決・『判例時報』1896号49頁)などがあるようです。

■参考文献等
・『判例時報』2291号(2016年6月11日号)84頁
・我妻栄・清水誠『我妻・有泉コンメンタール民法』1348頁
・栂善夫「訴えの提起が違法となる場合」『昭和63年度重要判例解説』119頁
・6月議会報告・一般質問①メガソーラーについて|アルプスをつなぐ街で~八木択真の伊那日記


我妻・有泉コンメンタール民法〔第3版〕: 総則・物権・債権



スラップ訴訟とは何か―裁判制度の悪用から言論の自由を守る





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