令状なしに行われたGPS捜査は適法・違法と判断が分かれた裁判例/発展的プライバシー論 | なか2656のブログ

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1.GPS捜査について争われたわが国初の裁判所の判断
令状(検証許可令状)によらないGPS捜査が適法か否かが争われた、わが国初の裁判所の判断が、平成27年に同一の複数人による窃盗または住居侵入事件に関連して、大坂地裁の二つの刑事部において相次いで出されました。

一つ目はGPS捜査は強制処分にあたらず、裁判所の令状なしに行っても違法ではないとした判決(大阪地裁第9刑事部平成27年1月27日決定、以下「①事件」という)であり、二つ目は、GPS捜査は強制処分に該当し、裁判所の検証許可状によらずに行った同調査は違法とした判決(大阪地裁第7刑事部平成27年6月5日決定、以下「②事件」という)です。

■本件の最高裁判決に関するブログ記事
・【最高裁】令状なしのGPS捜査は違法で立法的措置が必要(最大判平成29年3月15日)

■追記(2017年3月15日)
本日、この事件について最高裁判決が出されました(最高裁大法廷平成29年3月15日判決)。新聞記事によると、同判決は、令状によらないGPS捜査は違法であるとしました。また、そのような捜査は憲法の要請する令状主義や適正手続を潜脱するものであるとして、立法的な手当が必要であると述べたとのことです。

・令状のないGPS捜査「違法」 最高裁が初めての判断|朝日

・GPS捜査 裁判所の令状なしは違法…最高裁が初判断|毎日


(磁石つきのGPS装置)

2.事案の概要
①事件の被告人Aおよび②事件の被告人Bは、ほか数名と共謀して平成24年2月から平成25年9月にかけて、九州、近畿および北陸地方において窃盗、建造物侵入などを行ったとして起訴された。

警察は、A、B共犯者2名などが使用する自動車やバイク計19台について6か月強にわたり、裁判所から令状の交付を受けることなく、GPS発信機を車両外部に磁石で取り付け、各車両の位置用法を取得しつつ追尾を行う捜査を実施した。

本件各事件の弁護人は、本件GPS捜査は憲法13条のプライバシーを侵害する違法な強制処分であるにもかかわらず令状の交付を受けていないので、それによって得られた証拠には証拠能力がないと主張した。また、かりに強制処分でないとしても任意捜査の限界を超えているから違法であると主張した。そしてこれらの違法は令状主義の精神を没却するものであると主張した。

検察官は、本件GPS捜査は、警察の追尾を機械的手段で補助するものにすぎないと主張した。

3.判旨
(1)①事件・大阪地裁第9刑事部平成27年1月27日決定・令状なしのGPS捜査を適法と判断
『本件で使用されたGPS発信機は、捜査官が携帯電話機を使って接続した時だけ位置情報が取得され、画面上に表示されるというものであって、二四時間位置情報が把握され、記録されるというものではなかった。また、接続すると、日時のほかおおまかな住所が表示され、地図上にも位置情報が表示されるが、その精度は、状況によっては数百メートル程度の誤差が生じることもあり、得られる位置情報は正確なものではなかった。加えて、捜査官らは、自動車で外出した被告人らを尾行するための補助手段として上記位置情報を使用していたにすぎず、その位置情報を一時的に捜査メモに残すことはあっても、これを記録として蓄積していたわけではない。
 そうすると、本件GPS捜査は、通常の張り込みや備考等の方法と比して特にプライバシー侵害の程度が大きいものではなく、強制処分にはあたらない。』

『一部のGPS発信機については、車両がコインパーキングや商業施設又はラブホテルの衆車上に停車中に捜査官が駐車場内に立ち入って取り付けており、捜査官が管理者の承諾を得ずに立ち入ったことには若干の問題はある。しかし、いずれも公道から門扉を乗り越えるなどせずに立ち入ることができる場所であって、立ち入った時間も短時間で、(略)、令状主義の精神を没却するような重大な違法とはいえない。』

『そうすると、本件GPS捜査に令状主義の精神を没却するような重大な違法はないから、検察官の公訴提起に裁量権の逸脱はないし、弁護人指摘の各証拠の証拠能力も否定されない。』

このように判示して、裁判所は本件GPS捜査は適法としました。

この①事件については、Aが公訴事実をすべて認めたため、大阪地裁は懲役4年の判決を平成27年3月6日に出し、判決が確定した。

(2)②事件・大阪地裁第7刑事部平成27年6月5日決定・上告・令状なしのGPS捜査を違法と判断
(ア)本件GPS捜査の違法性の判断
『本件捜査で用いられたGPSは、(略)、誤差数十メートル程度の位置情報を取得できることも多く、それなりに高い精度において位置情報を取得できる機能を有していた』

『本件GPS捜査は、尾行や張り込みといった手法により、公道上や公道等から他人に観察可能な場所に所在する対象を目視して観察する場合とことなり、私有地であって、不特定多数の第三者から目視により観察されることのない空間、すなわちプライバシー保護の合理的期待が高い空間に対象が所在する場合においても、その位置情報を取得することができることに特質がある。』

『尾行等に本件GPSを使用するということは(略)、失尾した際に位置情報を検索すれば、対象が公道にいるとは限らず、私有地、しかも前記のラブホテル駐車場内の場合同様、プライバシー保護の合理的期待が高い空間に所在する対象車両の位置情報を取得することは当然あり得る。』

『そうすると本件GPS捜査は、その具体的内容を前提としても、目視のみによる捜査とは異質なものであって、尾行等の補助手段として任意捜査であると結論付けられるものではなく、かえって、内在的かつ必然的に、大きなプライバシー侵害を伴う捜査であったというべきである。』

『(対象車両が公道上にない場合にGPS端末の取付け、取外しを行うため私有地に入ることに関して、)本件GPS捜査の密行性から管理権者の承諾を得ることができないのであれば、令状の発付を受けて私有地に入るべきで(ある。)(略)本件GPS捜査には管理権者に対する権利侵害がある可能性を否定しがたい。』

『本件GPS捜査は、対象車両利用者のプライバシー等を大きく侵害することから、強制処分に当たるものと認められる(なお、本件GPS捜査によって得られた位置情報が、公道上に存在する対象車両使用者に関するものであったとしても、本件GPS捜査に係る前記の特質に照らせば、この結論は左右されるものではない。)。』

『そして本件GPS捜査は、携帯電話機等の画面上に表示されたGPS端末の位置情報を、捜査官が五官の作用によって観察するものであるから、検証としての性質を有するというべきである。
 そうすると、検証許可令状によることなく行われた本件GPS捜査は、無令状検証の誹りを免れず、違法であるといわざるを得ない。』

このように判示し、裁判所は本件GPS捜査を違法と判断しました。

(イ)違法収集証拠の該当性
『本件捜査においては、(略)本件GPS捜査の実施状況は、組織として保秘を徹底すべきとされたうえ(略)、たまたま被告人らにGPS端末の取付けが発覚したことを契機として公訴提起後に弁護人から主張がなされるまでは、検察官にすらその実施が秘匿されていた。』

『このような警察官らの対応は、GPSを使用した捜査の適法性に対する司法審査を事前にも事後にも困難にするものであって、捜査に対する司法的抑制を図ろうという令状主義の精神に反するものといわなければならない。』

『警察官らは、警察内部で作成された運用要領さえ、必ずしも厳守しようとしなかった疑いが払しょくし難い。』

このように判示し、裁判所は本件GPS捜査は、令状主義を没却する重大な違法があったとして、本件GPS捜査により直接得られた証拠、およびそれに密接に関連する証拠の証拠能力を否定しました。そのうえで、裁判所はBに対して懲役5年6月を科す判決をだしました。

4.検討・解説
(1)警察庁の「移動追跡装置運用要領」
警察庁は平成18年6月に内部規則の「移動追跡装置運用要領」を制定し、近年、GPSを利用した捜査を行っているそうです。

警察庁は、このGPS捜査は捜査員が行う尾行を機械的に補助するものであって、任意捜査として許容されるものと解しているとしているとのことです(衆議院平成27年6月9日・法務委員会議録)。
(『判例時報』2288号134頁コメント部分)

(2)海外の事例
海外の事例としては、アメリカにおいて、2012年にFBIが令状による許可期間を超えて行ったGPS捜査が合衆国憲法修正4条後段の令状主義違反であるとする米連邦最高裁が出されました。(ジョーンズ事件判決 United States v. Jones,2012・1・23)

また、ドイツにおいては刑事訴訟法において明文規定が置かれ、令状手続きが設けられているそうです(ドイツ刑事訴訟法163f条4項)。
(指宿信「GPS利用捜査とその法的性質」『法律時報』87条10号58頁)

(3)強制処分と任意処分
警察官などが捜査で行う行為は大きく強制処分と任意処分に分かれます。通常の捜索・取調べ・検証などは強制処分であり、職務質問、交通検問などは任意処分とされています。

そして、刑事訴訟法197条1項は、警察などは捜索を行うにあたって、強制の処分は、この法律に特別の定めがある場合でなければすることができない、と規定しています。

そこで、その後ろの同218条1項は、警察官などが犯罪の捜査をする必要があるときは、裁判官の発する令状により、差押え、記録命令付差押え、捜索または検証をすることができる、と規定されています。

つまり、もし本件のGPS捜査は強制処分であると考えるのなら、その捜査はあらかじめ裁判所の発付する検証許可状などが必要となります。もし発付を受けていなければ、その捜査は違法であり、取得された証拠は法廷での証拠能力を失います。

一方、本件のGPS捜査が任意処分としての捜査にとどまると考えるのであれば、その捜査が必要性・緊急性・手段の相当性の3要件を満たす限り、その捜査は適法となります。

(4)判例
強制処分と任意処分の区別に関する著名な判例の、道交法における任意捜査で許容される有形力の行使の限度が争われた最高裁昭和51年3月16日は、強制処分となる基準を、「個人の意思の制圧および身体、住居、財産等の制約」としています(田口守一『刑事訴訟法[第四版補正版]』45頁)。

この点に関する近年の判例として、通信傍受法施行前の最高裁平成11年12月16日は、通信傍受は「通信の秘密を侵害し、ひいて個人のプライバシーを侵害する強制処分」であるとして、検証許可状が必要であると判断しました。この点、平成12年8月から施行された通信傍受法では、「傍受令状」という令状が創設されています(田口・前掲102頁)。

また、宅配業者による被疑者宛ての配達品に麻薬等の禁制品が入っている可能性があるとして、警察が荷送主、受取人の同意を得ずに令状のないまま配送中にその配達物をエックス線照射により内容物を確認したコントロールド・デリバリー型捜査の事件において、最高裁は、当該捜査は強制処分であり、検証許可証が必要であり違法としたものがあります(最高裁平成21年9月28日)。(指宿・前掲61頁)

このように、犯罪に関する情報を秘密裏に取得しようとする捜査においては、被疑者本人の意思に反することが通常なので、強制処分であるか否かはもっぱら、昭和51年判決の「身体、住居、財産等の制約」の度合いにより判断されています。

(5)GPS捜査に関する学説
「私的空間と異なり、公道上や不特定多数者が出入りする空間においては個人のプライバシーの利益は放棄されているので、GPS捜査は任意処分にとどまる」あるいは、「GPSを補助手段として使用する尾行が適法なものと認められる限度で」GPS捜査を任意処分として認める見解があります(前田雅英『捜査研究』770号56頁など)。

一方、「(GPS捜査につき)このような捜査手法は、何らの立法も令状もなしに行われる場合、プライバシーを侵害する違法捜査ではないのか。現在のところ、とくに立法的手当てもなされておらず、この操作方法が強制処分だとすれば、強制処分法定主義に違反する。(①事件にふれたうえで、)②事件は、GPS装置による追跡は検証としての性格を有するものであり、無令状によるGPS捜査は違法だとして証拠排除した。精度の高いGPS装置による捜査は、やはり強制捜査というほかないであろう。」(白取祐司『刑事訴訟法[第8版]』122頁)とする学説があります。

さらに、任意処分と考える学者がその前提とする、プライバシー保護について公共空間と私的空間とを分ける公私二分論は、GPS捜査、防犯カメラ、ビッグデータなどIT技術が進歩している現代社会では通用しないと批判し、従来の捜査手法である尾行や張り込み等とGPS捜査との個人情報の取得の大きさや網羅性などの差異に着目し、公共空間においてもGPS捜査を強制処分とする学説もあります(指宿・前掲62頁)。

また、GPS捜査による位置情報検索は、長期的かつ継続的に対象の行動を把握し、公的空間であっても親族・政治性・職業性・宗教観・性的嗜好等、一定の情報と密接に杏連し得る場合があることから、公私二分論は妥当しないとも指摘されています(黒川享子「捜査方法としてのGPSの利用の可否」『法律時報』87巻12号117頁)。

(この点は、GPS捜査が捜査の目的の範囲を超えて、被疑者の思想・信条、宗教、病気および健康状態などの原則として取得禁止のセンシティブ情報(要配慮個人情報・改正個人情報保護法2条3項、宇賀克也『個人情報保護法の逐条解説[第4版]』226頁)を網羅的に取得してしまう個人情報保護法違反のおそれにもつながります。)

そして指宿信教授は、通信傍受法が傍受期間を特定し、通話の該当該当性判断を行い、事後に傍受対象者本人に通知して異議申し立ての機会を保障する強制処分という法制度となっていることに注目し、GPS捜査についても、検証許可状による運用ではなく、令状手続きに事後通告を盛り込む等の新たな立法的な手当が必要としています(指宿・前掲60頁、黒川・前掲119頁)。

(6)①事件および②事件について
このようにみたうえで、本件の2つの事件決定をみると、とくにGPS捜査によるプライバシー侵害について、①事件決定は、捜査官が尾行の補助手段としてGPSに接続した時に限って位置情報を取得したこと、本件GPSは精度が低いものだった、と認定し、プライバシー侵害の程度は低いので強制処分ではないとしています。

一方、②事件決定は、本件GPSの精度を①事件決定より高く判断しています。この点、うえであげたエックス線を照射して配達物の中身を確認した最高裁平成21年9月28日判決は、「プライバシー侵害の程度を法的に評価する前提として、当該事案で具体的に生じた侵害ではなく、用いた技術的特性から侵害の可能性を検討」しており(指宿・前掲61頁)、つまり、②事件決定の本件GPSの精度の評価のほうが平成21年の判例のアプローチに近いのではないかと思われます。

そして、②事件決定は本件GPS捜査が内在的かつ必然的にプライバシーを大きく侵害すると評価して、強制処分であるとしています。

さらに、②事件決定は、「(なお、本件GPS捜査によって得られた位置情報が、公道上に存在する対象車両使用者に関するものであったとしても、本件GPS捜査に係る前記の特質に照らせば、この結論は左右されるものではない。)」とのかっこ書きをつけています。

これは、本件GPS捜査に内在するプライバシー侵害の危険の大きさから、コインパーキング、商業施設、ラブホテルの駐車場などの私的空間の位置情報の取得がないとしても、この捜査手法は強制処分であることを確認した趣旨であると思われます。

(7)自己情報コントロール権と「発展的プライバシー論」
今回、GPS捜査の文献を読んでいて、指宿信教授の論文で非常に興味深かったのは、公私二分論への批判のバックボーンとして、プライバシー権に関する「自己情報コントロール権」(憲法13条)という憲法の通説的見解(芦部信喜『憲法 第6版』123頁)を批判して、つぎのように「発展的プライバシー論」という考え方を提示していることでした。

『すなわち、監視カメラ網や顔認証システムといった監視テクノロジーの進化に伴って公共空間におけるプライバシー保護を(略)、自己情報コントロール論で保護しようとしても、ビッグデータから容易に多様な個人のプライバシー情報が収集されるようになると、自身では統制できない範囲で生活や趣味、移動履歴、購買履歴といった情報が収集されプロファイル化される危険を回避できない。』

『(略)発展的プライバシー論は、公共空間においても個人の情報の秘匿性を認め、近時の技術的な侵害可能性を警戒しデータの収集時のみならず取得後の利用まで規制しようとする。この点GPS発信機の収集する情報が主として公共空間における位置情報や移動履歴であることの蓄積が膨大になる点を考えると、発展的なプライバシー論を手掛かりとして無規制な位置情報取得とその後の利用に対する統制が必要とされよう。』
(指宿・前掲62頁)


街中にあふれかえっている防犯カメラや、民間企業にも導入されつつある顔認証システム、そして今回警察が行ったGPS捜査などをみていると、我々国民が自らのプライバシーや個人情報をもはや自分自身でコントロールできていないと感じることがあります。

そのため、指宿教授などが提唱している、「公共空間においても個人情報の秘匿性を認めるべき」という主張には説得力があります。憲法、各種の法令のどの条文から根拠づけてゆくかなど、これからがとても興味深い考え方だと思いました。

■補足
②事件についてBは控訴したところ、平成28年3月2日に大阪高裁は控訴棄却とし、現在、上告中とのことです。

・令状なくGPS捜査、被告が上告 連続窃盗事件|朝日新聞

■参考文献
・『判例時報』2288号(平成28年5月21日号)134頁
・田口守一『刑事訴訟法[第四版補正版]』45頁、102頁
・白取祐司『刑事訴訟法[第8版]』122頁
・池田修・前田雅英『刑事訴訟法講義[第5版]』106頁
・指宿信「GPS利用捜査とその法的性質」『法律時報』87条10号58頁
・黒川享子「捜査方法としてのGPSの利用の可否」『法律時報』87巻12号117頁
・前田雅英『捜査研究』770号56頁
・宇賀克也『個人情報保護法の逐条解説[第4版]』226頁

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