武雄市ツタヤ図書館と事後収賄罪が争われた最高裁判決/#公設ツタヤ問題 | なか2656のブログ

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1.樋渡啓祐・前武雄市長に佐賀地裁で名誉毀損による損害賠償を認める判決が出される
ネットの記事によると、2016年4月22日、佐賀地裁は、武雄市の樋渡啓祐・前市長が議会での発言や、樋渡氏のブログでの記述で名誉を傷つけられたとして、谷口攝久市議と妻が、樋渡氏と武雄市を相手取り、損害賠償計1100万円などを求めた訴訟について、樋渡氏に28万円の支払いとブログの記述の削除を、武雄市に33万円の支払いを、それぞれ命じる判決を出したとのことです。

・樋渡・前武雄市長に名誉毀損で賠償命令|朝日新聞



武雄市の方の、この裁判の原告側の弁護士の方の記者会見に関するツイートを読んでみると、「樋渡前市長の独裁的な行政手法が問題であると裁判所に認められたことが重要」と発言されたようです。



また、原告側弁護士からは、「武雄市は樋渡前市長に対して求償権を行使できる案件だと個人的には考えている」との踏み込んだ発言もあったようです。



この名誉棄損事件のような、加害者本人およびその加害者の属する団体(法人)を名宛人とする訴訟において、敗訴した団体が加害者個人に求償権を行使することができます(国家賠償法1条2項、民法715条3項)。

しかしその際には、原則として、団体と加害者本人との「損害の公平な分担」を考慮しなければならないとされており(最高裁昭和51年7月8日)、今回この弁護士の方がこのようにあえて言及されたのは、いかに樋渡氏の言動が悪質であったかを物語るものといえます。

また、この樋渡氏は、武雄市“ツタヤ”図書館の問題など、さまざまな問題で独裁的な政治を行っており、ツタヤ図書館の件に関しては、1億8000万円を損害賠償として武雄市に支払うよう求める住民訴訟を提起されています(地方自治法242条の2第1項4号、いわゆる「4号訴訟」)。

この4号訴訟は、武雄市に対して樋渡前市長に1億8千万円を支払えと請求することを求める訴訟ですので、この弁護士のご見解は、現在係争中の住民訴訟を強力に「援護射撃」するものです。

2.事後収賄罪
そのようななか、この樋渡氏や武雄市ツタヤ図書館の問題を取り上げる雑誌記事などに、最近時折みられるのが、「樋渡氏には「事後収賄罪」が成立する可能性があるのではないか?」というものです。

刑法197条の3第2項が事後収賄罪を規定しています。

刑法

197条の3
2 公務員であった者が、その在職中に請託を受けて職務上不正な行為をしたこと又は相当の行為をしなかったことに関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、五年以下の懲役に処する。


(1)主体
この罪の主体は公務員であった者です。

また、公務員が在職中に賄賂の要求・約束をした場合には、この罪ではなく通常の収賄罪が成立するとされているので、退職後、それにしたがって賄賂を収受した行為は、加重収賄罪(刑法197条の3)と吸収されるとされていますが、いずれにしても起訴は可能とされています(島田聡一郎『新基本法コンメンタール刑法』429頁)。

また、公務員がいったん退職し、再度公務員に復職し、前職に関して利益を収受等した場合については、同様に、通常の収賄罪を認めるべきとされています(島田・前掲429頁)。

(2)客体
つぎに、これら賄賂の罪の客体の「賄賂」とは、公務員の「職務に関する」不正の報酬としての利益です。

そして、「職務に関する」とは、公務員の職務自体に対するだけでなく、「職務と密接な関係を有する行為」に対する場合も含むとされています。

さらに、この「職務」、つまり「職務行為」も非常に幅広に認められています。つまり、職務といえるためには、法令上、当該公務員の抽象的な職務権限に属するものであれば足り、現に担当する事務であることを要せず、将来にいたってはじめて行いうる事務でもよく、現在は担当していない事務でもよいとされています(大塚仁『刑法概説各論[第3版増補版]』628頁)。

わかりやすい具体例は、総理大臣が運輸大臣に対して特定の民間航空会社に特定の航空機を購入することを勧奨するよう指示する行為を総理の「職務行為」と認定したロッキード事件判決でしょう(最高裁平成7年2月22日)。

そしてこの職務行為は「不作為」でもよいとされています。たとえば巡査が故意に捜査を中止することは、職務行為であるとされています(大塚・前掲631頁)。

(3)賄賂の目的物
つぎに、賄賂の目的物ですが、これは有形無形問わず、いやしくも人の需要を満たすに足りる一切の利益をいうとされています。

そこで、飲食物の宴応、貸座敷における遊興、ゴルフクラブの会員権、などが具体例として刑法の教科書にあがっており、さらに、公私の職務その他有利な地位、「就職のあっせん」、も賄賂にあたると明確に書かれています(大塚・前掲633頁)。

なお、社会的儀礼の範囲にとどまる贈与は賄賂にはあたらないともされていますが、しかしそれが公務員の職務に関して授受されるときは、賄賂としての性質をおびるので、公務員の職務内容、公務員と相手方との関係、利益の種類、経過など諸般の事情を考慮しなければならないとされています(大塚・前掲633頁)。

少なくとも「就職」といった重大な利益の提供が社会的儀礼にとどまることはありえないでしょう。(話が逸れますが、最近、「ゴルフを公務員倫理規程から外せ」とか主張している超党派の国会議員達は一体何を考えているのでしょうか。だらけすぎているとしか思えません。)

なお、この事後収受罪が「職務上不正な行為をしたこと又は相当の行為をしなかったことに関し、賄賂」と規定しているように、供与された利益が賄賂と認定されるためには、その利益が公務員の職務行為に対する対価としてなされたことが必要とされています(対価関係。ただし職務行為自体は違法である必要はないとされています(大塚・前掲632頁)。

ところで、事後収賄罪が争われた事件はとても少ないようで、最高裁まであがった事件は今のところ、つぎのものだけのようです。

2.防衛庁調達実施本部副本部長が退職後、関係する民間企業の非常勤顧問となったことが事後収賄罪にあたるとされた事例(最高裁平成21年3月16日)
(1)事案の概要
防衛庁(当時)の調達実施本部副本部長などの職にあった被告人(X)が、調達実施本部と民間企業Aらとの間で締結した装備品の製造請負契約において、法令に違反した水増し請求がなされたことが平成5年に防衛庁内で発覚したことから、その過払い相当額を国に返還させることとした。

ところが、Xが平成5年から同7年にかけて、Aらの幹部らと共謀の上、その返還額を減額するという背任を行い、国に合計35億円を超える損害を加えた。

平成7年6月にXは防衛庁に退職の申出を行い承認された。そして同年7月にAらの実質的な親会社であるN社の事実上の子会社であるB社の非常勤の顧問に就任した。Xは年240万円の顧問料を約2年半にわたり受領し、その金額は合計約538万円であった。Xは月に2回、それぞれ1から3時間ほど出社する程度であった。

このような一連の事実が平成9年に発覚し、東京地検特捜部が捜査を行った。裁判においては、背任罪、事後収賄罪が争点となった。
(なお、贈賄側のAらについては平成11年にいずれも有罪判決が確定している。)

(2)判旨
『しかしながら,前記の事実関係のとおり,被告人は,調達実施本部在職中に,A社の(略)から請託を受けて,A社の関連会社及び子会社の各水増し請求事案の事後処理として,それぞれこれらの会社が国に返還すべき金額を過少に確定させるなどの便宜を図り,その会社の利益を図るとともに国に巨額の損害を加えたものであるところ,被告人のこれらの行為は,いずれも被告人の前記調達実施本部契約原価計算第一担当副本部長等としての任務に背くものであり,背任罪を構成するとともに,職務上不正な行為に当たることが明らかである。

そして,その後の間もない時期に,A社の(略)A社の関連会社であるG社の代表取締役Hにおいて,前記水増し請求の事案の事後処理で世話になっていたなどの理由から,被告人の希望に応ずる形で,当時の同社においては異例な報酬付与の条件等の下で,防衛庁を退職した被告人を同社の非常勤の顧問に受け入れ,被告人は,顧問料として前記金員の供与を受けることとなったものである。

このような事実からすれば,被告人に供与された前記金員については,被告人にG社の顧問としての実態が全くなかったとはいえないとしても,前記各不正な行為との間に対価関係があるというべきである。原判決がこれと同旨の判断に立ち,事後収賄罪の成立を認めたのは,正当である。』

(3)判決の検討
このように判示して、最高裁は事後収賄罪の成立を認めました。

この最高裁判決のポイントは、職権でつぎのように判断を示したことにあります。

つまり、民間企業と共謀して行われた水増し請求に係る減額行為は背任罪を構成するとともに、「職務上不正な行為」に当たることは明らかであるとしたうえで、その後まもない時期に、その民間企業の関連会社に「世話になった」などの事情により、非常勤の顧問として受け入れられたこと、そして被告人が顧問としてまったく働いていなかったわけではないとしても、前記各不正な行為との間に対価関係があるというべきである。として、事後収賄罪を認定したことです。(『判例時報』2069号153頁コメント部分)

裁判所がとくに注目しているのは、①公務員がどのような事情でその民間企業に入ったのか(対価関係)②その公務員が官庁を辞めてその民間企業に入る時間的接着性、の2点ではないかと思われます。

3.樋渡前市長とツタヤ図書館
武雄市図書館は、2012年5月に樋渡前市長が市議会に諮ることなくCCCと提携することを発表しました。そして、CCCを市図書館の指定管理者に指定し、2013年4月よりリニューアル・オープンがなされました。

その際の経緯や、リニューアル・オープン後に明らかとなった様々な問題点はニュースや新聞記事等としてすでに多く報道されているとおりです。

うえでもあげたとおり、現在、武雄市においては市立図書館を樋渡前市長のために“改悪”されたとして、1億8000万円の支払いを求める趣旨の住民訴訟が係争中です。

ところで、樋渡氏は、2015年1月に行われた佐賀県知事選に出馬するために、2014年12月下旬に、議会の同意を得て市長を辞職しました。しかし同選挙では樋渡氏は落選。

その後、樋渡氏は、2015年7月に、CCCの子会社である、「ふるさとスマホ株式会社」の代表取締役社長に就任しました。
(「批判多数のTSUTAYA運営武雄図書館 市教委は「わからない」」NEWS ポストセブン 8月27日)

また、同年6月には、樋渡氏は、一般社団法人「巨樹の会」の理事に就任しています。

この法人は、リハビリテーション病院を運営している医療法人であるところ、平成22年に樋渡氏の判断による武雄市民病院の譲渡を受け、『新武雄病院』を開院した法人であるそうです。これも、「ふるさとスマホ」と同様に、天下りの臭いがします。

うえでみた防衛庁の最高裁判決に照らすと、とくにCCCのふるさとスマホの代表取締役就任という事実は、樋渡氏が武雄市長を辞任した事実からしてからわずか約6か月であり時間的に非常に近接しており、また、図書館の指定管理者というフリーハンドな権限をCCC・ツタヤに渡した樋渡氏に対してCCCが、樋渡氏の退職後にその対価として自社の子会社の社長という地位を提供した、つまりこれは事後収賄罪が成立するとみることは十分可能ではないでしょうか。

ふるさとスマホのサイトなどをみると、樋渡氏は一定程度は働いているようにも見えますが、うえの防衛庁の最高裁判決に照らして、それで事後収賄罪が免責されるわけではありません。

■参考文献
・大塚仁『刑法概説各論[第3版増補版]』628頁
・島田聡一郎『新基本法コンメンタール刑法』429頁
・『判例時報』2069号153頁
・北野通世「公務員退職後の私企業の顧問料の受取りと事後収賄罪の成否」『平成21年度重要判例解説』189頁

■関連
・海老名市立中央“ツタヤ”図書館に行ってみた/#公設ツタヤ問題

■謝辞
このブログ記事を書くにあたっては、私が手元に持っていた、大塚仁『刑法概説各論[第3版増補版]』以外の、基本法コンメンタール刑法や、判例時報、重要判例解説などは、私の地元の市立中央図書館の書籍を参考にさせていただきました。このブログ記事だけでなく、多くのブログ記事は、地元の市立中央図書館や大学図書館のおかげです。

樋渡氏は、「技術の本がある図書館なんて、それだけで嫌でしょ」という図書館への考え方が持論であるそうです。

しかし、私は最新版の書籍がしっかりあり、分類・整理され、古い版は閉架に置かれ、判例時報などの雑誌は50年前のものからバックナンバーが閉架に保存され、データベースで確認して閲覧請求ができる、少し古ぼけた、従来型の地元の市立図書館に非常に感謝しています。

この複雑で巨大な社会教育のための知的インフラのシステムを維持・運営し、かつ、われわれ市民に対して十分なレファレンス・サービスをしてくださる司書・役職員の方々に非常に感謝しております。

国立国会図書館法の前文は

「国立国会図書館は、真理がわれらを自由にするという確信に立つて、憲法の誓約する日本の民主化と世界平和とに寄与することを使命として、ここに設立される。」

と図書館の理念を格調高く規定します。そしてこの理念は、「図書館の自由に関する宣言」にも共有されています。

国民の知る権利、自由主義、民主主義、平和主義。

これらの現行憲法の掲げる普遍的な価値に寄与することを使命として、今まさに専制と隷従、圧迫と偏狭と闘っているわが国の公立図書館を、私は微力ながらも支持・応援したいと思います。

国民・市民の自由および人権は、我々自身が「不断の努力」によりこれを守らなければならないのですから。


刑法概説(各論)



新基本法コンメンタール刑法 別冊法学セミナー (別冊法学セミナー no. 219)



平成21年版重要判例解説 (ジュリスト臨時増刊)



図書館と法―図書館の諸問題への法的アプローチ (JLA図書館実践シリーズ 12)





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