ゆうちょ銀行・かんぽ生命の上限額増加を自民が提言/郵政民営化法・ブラック企業 | なか2656のブログ

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1.はじめに
新聞各紙によると、自民党の「郵政事業に関する特命委員会」(細田博之委員長)は6月19日、株式の同時上場をめざす日本郵政と傘下のゆうちょ銀、かんぽ生命3社に関する提言案を固めたそうです。



『提言案によると、ゆうちょ銀は1人当たり現行1千万円の預金限度額を、9月末までに2千万円、2年後までに3千万円に上げ、将来的に撤廃する。かんぽ生命保険契約の限度額は現行1300万円を9月末までに2千万円に上げる。ゆうちょ銀が金融庁に申請中の住宅ローンや企業向け融資への参入も「関係省庁は速やかに認可を行うべきだ」とした』とのことです。(「自民上限案に金融界『民業を圧迫』ゆうちょ3000万円・かんぽ2000万円」朝日新聞2015年6月20日付)

・自民上限案に金融界「民業を圧迫」 ゆうちょ3000万円・かんぽ2000万円|朝日新聞

・ゆうちょ限度額引き上げ巡り攻防 自民、3000万円提言へ|日本経済新聞

今回の自民党の提言の舞台裏について、日本経済新聞の記事はつぎのように解説しています。

『限度額3千万円への引き上げは強い集票力を持つ全国郵便局長会(全特)が求めていた。自民党が提言を出す背景には来年の参院選を想定しているとの見方もある。全特関係者は提言を「ほぼ満額回答だ」と評価する。』(「ゆうちょ限度額引き上げ巡り攻防 自民、3000万円提言へ」日本経済新聞2015年6月19日付)

記事にあるように、全国郵便局長会(全特)は集票力のある、政府・自民党への強い圧力団体です。

これに対して、民間の銀行側は、「これまで以上に強く反対する」と19日の記者会見で全国銀行協会の佐藤康博会長(みずほフィナンシャルグループ社長)が述べるなど、地銀協会、第二地銀協会も反対を表明しており、「オール銀行」で反対する方針とのことです。

また、生命保険協会渡辺光一郎会長(第一生命保険社長)は6月12日の記者会見で、かんぽ生命の保険金の加入限度額引き上げついて、「公正な競争条件の確保が必要で、慎重であるべきだ」と語ったそうです。

渡辺会長は、「上場に向けた取り組みは支持するが、限度額の引き上げとは別問題だ」と慎重な対応を重ねて求めたそうです(「生保協会長が慎重対応求める かんぽ生命の限度額上げで」日本経済新聞2015年6月21日付)。

・生保協会長が慎重対応求める かんぽ生命の限度額上げで|日本経済新聞

■追記(2015年6月29日)
6月29日生命保険協会は、会として正式にこの件に関してプレスリリースを発表しました。

すなわち、民間生命保険会社との「公正な競争条件の確保」がなされない限りは、「生命保険協会は、かんぽ生命保険の上限額の引き上げや業務範囲の拡大は容認できない。」とする内容です。

・株式会社かんぽ生命保険の保険金額の限度額引上げ等について|生命保険協会

2.データから考える
データから見ても、日本郵政グループは世界的にみても大きすぎる『官製コングロマリット』です。

日本郵政全体収入総額約19兆円と1位であり、2位のフランスのアクサ15兆円を4兆円も上回っています。3位のイタリアのゼネラリ11兆円となっています。(「フォーチュン」2012年、『会社四季報業界地図2015年版』155頁)

ゆうちょ銀行単体の資産も、同社のディスクロージャー資料の平成26年9月30日現在の中期決算公告によると、総資産約205兆円となっています。これは、官製でありながら、民間企業の三菱UFJグループ約258兆円みずほグループの175兆円、三井住友グループの161兆円に並んでしまっている数字です。

・ゆうちょ銀行第9期(2015年3月期)中間期貸借対照表・損益計算書(PDF)

また、かんぽ生命のディスクロージャー資料によると、平成25年度の保険料等収入は、5兆9000億円であり、民間企業の、第一生命5兆4000億円日本生命5兆3000億円を上回ってしまっています。

・「かんぽ生命の現状2014」(PDF)

このように、日本郵政グループは、ただでさえ国をバックに、その信用力により、国内だけでなく、世界でも最大規模の金融グループとなってしまっています。現在においてすら、完全に「民業圧迫」です。

それを、政府・自民党・公明党はゆうちょ銀行・かんぽ生命に課せられた制限をさらにはずして、「民業圧迫」をより強烈に推進しようというのでしょうか?

日本は社会主義国ではなく、資本主義国です(憲法22条、29条)。にもかかわらず、政府の援助により、ただでさえ大きすぎる官製の日本郵政を、これ以上に巨大化させて、民間企業を圧迫する必要があるのでしょうか。

3.簡易保険等の沿革から考える
わが国の簡易保険事業大正5年に創設されたとされています。明治43年に郵便貯金局内に郵便保険年金制度調査委員会が設置され、翌年、逓信省に改めて拡大された調査委員会が設置され、内外における保険事業の調査が開始されたそうです。

そして、大正3年、「小口・保険・国営」を基本方針とする、「小口保険制度調査委員会」が内閣に設置され、このような長い調査期間を経て、ようやく大正5年に法案が可決し、同年10月から簡易保険の業務が開始されたとされています。

この簡易保険事業の創設の趣旨は、「社会保険制度の未発達」であった当時のわが国において、「低廉かつ確実小口月払い保険広く大衆の間に普及させ、国民生活の安定を図る」ことにあったとされています(生命保険協会『生命保険講座 生命保険事業と隣接業界』8頁)。

ひるがえって現代の日本を見ると、日本年金機構の個人情報漏洩事故など、いろいろ個別の問題はありますが、現在のわが国は、一応、国民皆年金制度や健康保険制度、労働保険制度など、各種の社会保障制度は制度としてできています。

また、現在のわが国の生命保険への世帯加入率は実に95%となっています(生命保険文化センター「生命保険に関する全国実態調査」平成6年)。

このように現在においては、すでに低廉な月払いの保険が国民・大衆の間に広く普及している状況にあります。民間保険会社同士の切磋琢磨により、近年、より割安な、より良い保険商品もつぎつぎと販売されています。

(近年は、むしろ、簡易保険(かんぽ生命)の保険商品のほうが割高感や利回りの低さが目立っています。)

明治・大正時代と異なり、民間企業が充実し、社会保障制度もそれなりに充実している現在、いまさら、官営かんぽ生命にさらに活躍してもらう必要は無いと思われます。

また、うえで見たとおり、そもそも簡易保険事業の創設の趣旨は、「低廉かつ確実な小口月払い保険」の大衆への普及にあったのであって、今回、自民党が提言案にまとめたような、「高額」な保険商品を国民・大衆に提供することは、簡易保険事業の対象外です。

そういったことは、民間保険会社に任せるべきでしょう。

また、金融・保険業の問題に限らず、日本郵便は、ヤマト運輸などの物流業界の民間企業を圧迫しています。

本年春には、ヤマト運輸が、日本郵便と総務省に屈する形で、「メール便」の業務の廃止に追い込まれました。

このよう官営かんぽ生命の問題の考え方は、ゆうちょ銀行や日本郵政グループ全体にも同様にあてはまるのではないかと思われます。

4.郵政民営化法から考える
平成17年10月に、小泉内閣により、郵政民営化法が成立しました。

この法律の冒頭部分の1条から3条までは、「目的」、「基本理念」等を規定しています。

つまり、郵政民営化法1条は、冒頭で『この法律は、民間に委ねることが可能なものはできる限りこれに委ねることが、より自由で活力ある経済社会の実現に資する』という考え方を基本原則とすることを明らかにしています。

そのうえで、同法2条は、『郵政民営化は、(略)公正かつ自由な競争を促進し、多様で良質なサービスの提供を通じた国民の利便の向上(略)を図るため、公社が有する機能を分割し、当該株式会社の業務と同種の業務を営む事業者との対等な競争条件を確保するための措置を講じ』るものとする、としています。

すなわち、平成17年の郵政民営化においては、「民間に委ねることが可能なものはできる限りこれに委ねる」という基本原則(郵政民営化法1条)のもと、旧郵政省・郵政公社が解体され、現在のゆうちょ銀行・かんぽ生命・日本郵便の日本郵政グループとなったのです。

そして、この郵政民営化においては、「公正かつ自由な競争を促進し、国民に多様で良質なサービスを提供する」ため、日本郵政グループによる市場の独占を禁止するために、ゆうちょ銀行・かんぽ生命・日本郵便「と同種の業務を営む事業者との対等な競争条件を確保するための措置を講じ」なければならないとの基本原則も明示されているのです(郵政民営化法2条)。

今回の自民党の、ゆうちょ銀行・かんぽ生命のそれぞれの限度額の上限を上げる提言は、民間の銀行や生命保険との関係で、「対等な競争条件を確保するための措置を講じ」られておらず、「公正かつ自由な競争」が大幅に阻害されており、民間企業が圧迫され、その結果、「国民の利便」が阻まれることの程度は甚大です。

このような自民党の提言は、つまり、郵政民営化法1条の「民間に委ねることが可能なものはできる限りこれに委ねる」という基本原則に完全に逆行しており、郵政民営化法そのものに反しています。

平成17年に「行政改革」「郵政改革」を主張し、郵政民営化法を成立させ、郵政改革を行った小泉内閣は自民党政権であったはずです。にもかかわらず、なぜ、おなじ自民党が、それに180度逆行する内容の提言を行おうというのでしょうか。

現在の安倍政権下の自民党も、「構造改革」「行政改革」が旗印のはずです。その自民党が、「規制緩和」「行政改革」と180度逆の、官営ゆうちょ銀行・かんぽ生命の権益強化のための提言を行おうというのは、論理的に破綻しています。

「岩盤」の「既得権」を粉砕し、「構造改革」を推進するのが安倍政権・自民党のスタンスのはずです。

そうであるならば、粉砕すべき対象は、額に汗して働く民間企業ではなく、既得権確保に汲汲としている「全国郵便局長会」(全特)のはずです。

5.保険業法から考える
日本郵政グループそのものを所管するのは総務省であろうと思われます。しかし、一方、金融・保険業は各種の業法により金融庁の厳格な規制下に置かれています。

かんぽ生命の属する生命保険業に関しては、保険業法が存在します。

保険会社が保険の新商品を販売しようとすると、内閣総理大臣(の委託を受けた金融庁長官)の認可を受けなくてはなりません。

そのためには、保険会社は、事業方法書、普通保険約款、保険料及び責任準備金の算出方法書の3種類の書類を金融庁に提出しなければなりません(保険業法4条2項)。

そしてそれを受けて、金融庁はそれらの書類を審査基準に照らして審査します(同5条)。

その審査においては、保険会社が「公正」であること(同5条1項2号)、提出された書類の内容が「特定の者に対して不当な差別的取扱いをするものでないこと」(同5条1項3号ロ)などが要求されます。

今回、自民党は、かんぽ生命の保険の限度額を1300万円から2000万円に増額しようとしているわけですが、それには、うえであげた、事業方法書、普通保険約款、保険料及び責任準備金の算出方法書の3つの書類について、金融庁の許認可を受けたうえで、一部変更の手続きが必要です。

その審査にあたっては、とくに保険業法5条1項2号「公平」が重要な意味を持つのではないでしょうか。

4.でみたように、郵政民営化法1条、2条では、

・「公正かつ自由な競争を促進
・「同種の業務を営む事業者との対等な競争条件を確保

などの基本原則が示されています。
金融庁は、この2点を十分斟酌するものと思われます。

また、1.あげたように、生命保険協会の渡辺会長が指摘しているように、もともと国の信用をバックに保険募集を行っているかんぽ生命は、民間企業にとってあまりにも「民業圧迫」です。

それがさらに、政府の信用をバックに保険金額の限度を増額するというのですから、金融庁には「公正な競争条件の確保」が十分要請される状況です。

6.コンプライアンスの面から考える
日本郵政グループは、コンプライアンスの面で悪い事件・事故に事欠きません。

全国の郵便局(日本郵便)で年末に年賀はがきの「自爆営業」を行わせることが、毎年ように新聞記事となります。

また、郵便局では、同じ業務を行っているのに、正社員と非正規社員とで賃金などの待遇が異なるのは違法だとして、全国で労働条件をめぐる集団訴訟が提起されています。
・「手当で正社員と差別」日本郵便の有期社員3人が提訴|朝日

・「格差は違法」と日本郵便を提訴 契約社員9人|琉球新報

・郵便局員、今年も「自爆営業」年賀はがきノルマ絶えず|朝日

さらに、日本郵政グループ内で、セクハラやパワハラも慢性的に横行しています。
・「上司のパワハラで自殺」 元郵便局員の遺族提訴へ 神戸|神戸新聞

・日本郵政G子会社、セクハラ被害者に「あなたの責任」、組織的隠蔽か 肉体関係を社内調査|Business Journal

とくに、かんぽ生命保険コンプライアンス統括部情報管理室では、正社員達が非正規社員慢性的パワハラを行っています。

・日本郵政グループ・かんぽ生命保険コンプライアンス統括部が非正規社員にパワハラ/ブラック企業

・再びかんぽ生命保険のコンプライアンス統括部内でのパワハラを法的に考える/ブラック企業

社内にコンプライアンスを指導・教育する立場にあるはずのコンプライアンス統括部自体が反コンプライアンスに腐敗していては、かんぽ生命は会社全体としてコンプライアンスを遵守した業務や経営を行えるはずがありません。

保険募集の事故の多さ、保険契約の保全・保険金支払いの問題などがひどい状況の原因のひとつはここにあるでしょう。

■参照
・福井の郵便局が故人を生存扱いにして簡易保険を解約/保険金不払い問題と保険業法改正について
・かんぽ生命、日本郵政の隠ぺい(福井中央郵便局の有印私文書偽造犯罪と詐欺解約)

また、かんぽ生命・ゆうちょ銀行が業務を郵便貯金・簡易生命保険管理機構から受託している、簡易保険・郵便貯金などの保全事務においては、平成25年度に、なんと1059件もの個人情報漏洩事故を起こしています。これは同年の日本年金機構の5倍の数字です。

■参照
・総務省「平成25年度における行政機関及び独立行政法人等の個人情報保護法の施行の状況(概要)

・日本年金機構で125万件の個人情報漏洩事故が発覚


(総務省「平成25年度における行政機関及び独立行政法人等の個人情報保護法の施行の状況(概要)」より)

■補足・2013年 9月26日の保険募集に係る3000件の個人情報漏洩事故
社内にコンプライアンスを指導・教育する立場にあるコンプライアンス統括部自身が反コンプライアンスに腐敗していては、かんぽ生命や日本郵政グループが法令遵守やモラルに照らして健全な業務運営や経営を行えるとはとても思えません。

実際に、かんぽ生命保険コンプライアンス統括部情報管理室に直接、関連するものとしては、かんぽ生命・日本郵便は、2013年9月26日に、千葉県の習志野郵便局において、生命保険に係る顧客合計3000名分の氏名、住所、生年月日、電話番号、保険料額、保険金額等を記した保険営業に係るノートや手帳など9冊を紛失し、少なくとも1冊が外部に漏洩したという、保険募集に係る個人情報漏洩事故が発覚したと発表しています。

・お客さま情報の紛失について|2013年 9月26日日本郵便・かんぽ生命保険(PDF)

かんぽ生命の社内の従業員へのパワハラという違法行為だけでなく、社外に対する違法行為、しかも、保険会社として一番やってはならない保険募集に関連する事故を、かんぽ生命コンプライアンス統括部情報管理室は所管として発生させてしまっています。この点、金融庁はかんぽ生命コンプライアンス統括部情報管理室に対して、厳正な対応をとるべきです。


言ってみれば、かんぽ生命などの日本郵政グループは、1990年代以降の橋本内閣、小泉内閣による「行政改革」「郵政改革」により自民党によって改悪された「公務」の象徴です。(晴山一穂『現代国家と行政法学の課題』161頁、同『公務の民間化と公務労働』41頁参照。)

彼らは本来、「手紙」「はがき」という国民の「知る権利」(憲法21条)に奉仕する「郵便局」という、国民誰もがあまねく受けるべき行政サービスを行う「公務員」でした。

しかし、橋本内閣、小泉内閣などの新自由主義路線の「行政改革」により無理やりに「民営化」されて改悪され、「我々はもう公務員ではない、民間企業だ、だから民間企業を見習わなければ!」とばかりに、ワタミ、すき家、たかの友梨ビューティクリニックなどの悪い面ばかりを学習した官製の筋金入りのブラック企業です。

自民党は今回の提言で、ゆうちょ銀行・かんぽ生命をさらに成長させたいようです。

しかしそれは、官営の超大型ブラック企業をさらに巨大化させることです。

従業員としての国民や、顧客としての国民を台風や竜巻のようにさらに巻き込んで、この超巨大な官営ブラック企業の被害者を増大させることになってしまいます。

自民党が、かりにも自由で民主的な国民のための政党であるならば、そのような政策を実行するべきではありません。


日本郵政の闇 (別冊宝島 2378)



ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪 (文春新書)



コンプライアンスの知識<第2版>(日経文庫)



保険法 第3版補訂版 (有斐閣アルマ)



保険業法2013



公務の民間化と公務労働 (自治と分権ライブラリー)



会社四季報 業界地図 2015年版





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