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とうとうやってきてしまった、5月1日。
KAT-TUNの3人は今日の東京ドームでのライブをもって、充電期間に入る。
個々にパワーアップして、また必ず戻ってくるという彼らを信じて、
隣で闘ってくださいという上田くんにこたえるためにも、私自身もこの充電期間、パワーアップしてますます力強く応援できるように
これからもKAT-TUNと一緒に強く、そして笑って生きていけるように
とりあえず今日までの日々を文字に残しておこうと思う。
昔のことは正直はっきり覚えてないというか、今ほど一生懸命ハイフンやってなかったから、すごく記憶が曖昧だけど。
まず私がKAT-TUNを追いかけるきっかけになったのは、2005年のごくせん。いわゆるごく出ってやつ。矢吹隼人を演じる赤西くんを好きになった。
この時私は小学校6年生。どっぷりはまって、卒業アルバムに書いた、好きな言葉は「仁愛」(恥)
ミンテレ、ウタワラとKAT-TUNが出る番組が続いて、今となっては、あぁ、あの時ってまだ彼等Jr.だったんだよなあ、すげえなKAT-TUN。という感じ。そして、2006年にCDデビュー。
この頃は、正直KAT-TUNが好きというよりは、赤西くんがいるからKAT-TUNを応援してる。くらいな感じだった。
これは最近になって気づいたことで。昔の映像とか観て、赤西くん以外のメンバーすごいかっこいいじゃん!!!って。当時は赤西くんしか観てなかった自分に気づいた。なんてもったいない時間を過ごしてきたんだろうって後悔した。だって6人とも最高だったから。色々を見逃してきたことが悔やんでも悔やみきれないくらいには悔やんでる。笑
ただ、私が赤西くんを好きになるもっと前からかめちゃんを好きだった母のおかげで、KAT-TUNが出すCDやDVDは自分で買わなくても必ず家にあった。
そんな感じでふんわりKAT-TUNを応援していた中学時代を経て、高校に入って初めて仁担の大切な友達ができた。
当時私はファンクラブになんて入ってなかったし、KAT-TUNのライブに行くなんて夢のまた夢だったけど、相方のおかげで2009年の惑星魂で初参戦を果たした。KAT-TUNに会わせてくれた相方に感謝しかない。
それまで毎日のように聴いていた彼らの声が、テレビで、DVDで観ていた彼らの姿が目の前で、、、!!!とっっても興奮したのを覚えてる。嬉しかったな~。
これから毎年こうやってきっとKAT-TUNに会えるんだって、思ってファンクラブも入った。
そしたら、翌年に自担が脱退って。笑
まあ脱退になる前にツアーに参加しないって時点で私のダメージはかなりきてた。大好きな赤西くんのことが理解できなくて苦しんだ。けど、絶対また6人のKAT-TUNに会えるって、信じるしかなかった。
どんなに信じても信じた通りにはならなくて。脱退が発表された後は、どんな気持ちで生きてたのかあんまり覚えてない。けど、KAT-TUNの曲を聴けなくなってしまっていたのは覚えてる。脱退なんてことがあるなんて、思ったこともなかったから。
だけど、毎日自分の生活の中にあったKAT-TUNを消すことはできなくて、そのほうが辛くて、結局泣きながら6人の曲聴いてたっけ。NEIROでいつもボロ泣きしてた。
5人になって、確実にKAT-TUNとの距離は開いた。母が買うCDやDVDはチェックしていたつもりだったけど、チェックできていなかったものもあるらしい。(10Ks!のPV集観たら、観た記憶がないのがいくつかあった)
次第に5人の声を聴いて泣くことはなくなったけど、やっぱり5人の姿を見るのはきつかった。ライブには行けなかった。けど、無理してでも行っていたら、何かが変わっていたかもしれない。だってNMPとCHAIN最高じゃない?!!今では5人時代のDVDとか動画が愛おしくって本当に大好き。
大学に入ってからまた素敵なハイフンとの出会いがあって。2人の存在があったから、自担いなくてもKAT-TUNの話をよくしたし、聖の脱退の発表のときは偶然一緒にいた2人とすき家で涙を流した。
やっぱり私にとってKAT-TUNは大切だった。
そのことにこのタイミングで気づいた私は、2013の京セラでの単独カウコンに連れて行ってもらうことになる。初めての遠征。
異例の挨拶からのライブ。それまでのKAT-TUNのあれもこれも、4人でたくさんたくさん魅せてくれた。
本当なら避けたいことを、あえてやってくれた彼等にぐっとこみ上げるものがあった。
この時の気持ちは、うまく言葉にならないけど、この時また、前を向いてしっかりKAT-TUNについて行こうって思った。この人たちから離れちゃいけないって思った。
4人になってから(と言うと少し語弊があるけど)、すごくすごく楽しかった!タメ旅が始まったのが大きいかな。
特に担当がいない状態で本気のハイフン生活が再び始まったのだけれど、、、
カムヒアの会場で気づいたら上田くんのうちわ買ってて、あれ、私上田くん好きなのかな?って気付いたらもう、沼にはまって出られなくなってた(^ω^)
2014のカウコンももちろん大阪まで会いに行った。9uarterも。4人との思い出がどんどん増えて、どんどん好きになっていく日々、楽しかったなあ。
4の形がこの先変わることなんて、まさかあの田口がKAT-TUNを抜けることなんて、1ミリも考えたことがなかったから。ベスアでの発表は、この人は一体何を言っているの???っていう状態で時間が止まった。あんなに時間が止まる感覚を体感したのは初めての経験だったかもしれない。
しっかり踊れない、歌えないいつもよりずいぶん小さな彼らを、観ることができなかったし、曲なんてまともに聴こえてこなかった。
11月頭に、少プレの番協で最高の思い出ができた矢先で、この10年の中で一番KAT-TUNのことを想ってたこのタイミングで。
発表から脱退まで、4ヶ月あった。
それまでの2人は突然だったから、発表から脱退まで時間があるっていうのもなんだか複雑だったけど、結果としては、最後に田口との色んな思い出つくれて、メンバーもハイフンも良かったのかなあとは思う。この期間があることで苦しい思いをしたのも事実だけど。
発表があってから、田口に、4人のKAT-TUNに、会いたくて番協が来るたびに何度もなんども応募したけど、結局4人に会えぬまま春はやってきてしまった。
最後のMステでの4人の姿。忘れない。
上田くんを泣かせたのも、上田くんを笑顔にしたのも田口だった。改めて上田口最高!!
最後まで儚くて美しい4人だった。
10Ks!は、4/20の京セラと4/29の東京ドームに参戦。どうしても会いたくて、大阪まで1人で会いに行った。すっっごく楽しかった!
1人でも楽しめるKAT-TUNライブ!最高。
不思議と3人しかいない…少ない…っていうのはあまり気にならなかった。ただ、田口のパートを他のメンバーが歌う場面はやっぱり泣いた。
でも、6人だったこと、5人になって、4人になって、そして今3人であることがストレートに伝わってきて、ただただ、素敵なライブだった。
色んなことがあって今があることを感じさせるライブに、途中何度も涙を流してぐちゃぐちゃになったけど、泣きながら笑った。楽しかった。
上田くんが、ファンに笑顔でいて欲しいと言ってくれたように、私もKAT-TUNには笑っていて欲しいし、これからもずっとKAT-TUN一緒に笑って生きていきたい。
今回の東京ドームは、初アリーナ。このタイミングでのアリーナ、ありがたかった。けど、まだこれで初めてなんだよ。天井なんてまだ入ったことないんだよ。まだまだ、KAT-TUNのライブいっぱい行きたいんだよ私は!!!!まだまだ暴れたりないんだよ!!!もっともっとKAT-TUNとの思い出、たくさん作りたい。
だから絶対帰ってきてね!!!!!絶対だよ!!!!という思いで、今日を過ごしてる。
充電期間にたくさんパワー溜め込んで、その日が来たら思いっきり爆発してやるんだから!!!!
そろそろライブも終わる頃かな。
KAT-TUNと参戦したハイフンのみんなが、気持ちよく充電期間に入れますように。
KAT-TUNのある世界で生きてきた。そして、これからもKAT-TUNの世界で生きていくのが、私のユメ。
個人の活動も全力で応援して、またKAT-TUNからの召集がかかる日を、みんなで集合できる日を、楽しみにしています。
『KAT-TUNが頑張っているから私も頑張ろう』
この気持ちは充電期間でも変わらない。
改めて、KAT-TUNもハイフンも10周年おめでとう。10周年ありがとう。
また会う日まで!!!!!!!!
WE ARE KAT-TUN!!!!!!!
あっという間に過ぎ去った2015年。
2月の国試から始まり、3月は卒業旅行や追いコンをしまくり、4年世話になった群馬を離れ…
4月は大学院に入学し、慣れない中で授業受けたり、ボランティアしたり、採用試験の対策したり。
そんな中でも5月には9uarter参戦。
たったの2daysだったのは残念だったけど、カウコンぶりの4人に会えて嬉しかった!!
そんなこんなで、環境の変化で体調崩しながらも、わたしなりに頑張ったつもりですが、採用試験は一次敗退。
勉強勉強の日々から解放された8月。
足利の花火に行ったり、日テレとTBSを巡ったり、バイトしたり(ランタンアート参加3年目)
8月末に思春期学会で滋賀。ついでに京都を観光。
夏休みに入った9月にはM1同期で北海道旅行。
11月の頭に、少プレの番協が当たり、300人くらいのキャパのNHKのスタジオで、前から3列目。
10年応援してきて、あんなに近づけたことなかったから、本当に嬉しかった。
スタッフから、「ずっとジャンプし続けてください。跳べなくなったらなんでもいいから踊ってください。とりあえず声出しまくってください。」
との指示があり、それに全力で従うhyphen。
運動不足のわたしは開始数分でスタミナ切れしましたが、汗だくで必死の形相で頑張りました。
その後数日、全身の筋肉痛に苦しんだのもある意味幸せな思い出…(笑)
そんな幸せな日々の中、ベスアでの突然の発表。赤いコートがトラウマです。
訳の分からぬまま、涙で滲む目でなんとか画面を観続けたけど、何も見えない聴こえない、そんな状態でした。あとからちゃんと向き合って初めて、3人が全く踊れてなかった、歌えてなかったことを知りました。
メンバーは、私たちファンは、何か悪いことしたかな?って。これは何の仕打ちなんだろう?って。
3度目の今回ばかりは、どうしても納得できないし、こんなに悲しいことはなかった。
発表から気づけば1ヶ月以上たった今だけど、思い出しては涙を流さずにはいられない毎日です。
アイドルごときで大袈裟な。バカバカしい。とは、自分でも思うけど、12歳からずっと応援してきて、一緒に成長してきた彼らがどんどんバラバラになっていくのはやっぱり悲しいし、苦しいし、寂しいし、悔しいです。
今はただ、いつなのか不透明な「春」まで4人のKAT-TUNを全力で応援し、その後の3人のKAT-TUNとしての存続を祈るばかりです。
3月で10周年を迎える彼らをこんな気持ちで見守るなんて誰も予想してなかった。
きっと、3人にとって、hyphenにとって、最高の10周年イヤーになる。させる。
そんな気持ちで、ジャニーズカウントダウンを観ながら年越しをした2015年なのでした。
2016年も笑って過ごせますように。