イタリアで投票が行われ、国民の9割が原発の稼働に反対したらしい。
3.11を境に世界中の人びとの意識が変わった。
その方向性は必ずしも同じではないが、何かを考えるキッカケとなったのは確か。もちろん自分もその1人。
まず始めに結論を言うと…
「原発は無くさなくてはいけない。しかしそれは段階を踏んで徐々に行う」
「原発事故の責任は、日本に暮らす人々全員にある。ただし責任の大きさは異なる」
今回の事故による被害は周知の事実なので割愛する。
「もし原発が東京の真ん中にあったら」
この問いかけをした人は少なくないかもしれない。
もしそのような場所で同様の事故が発生したら…
何百万もの人々が住居をを失い、政治の機能はマヒし、外資系の企業は撤退、全国で企業が倒産し、多くの人々が職を失う。
はっきり言って、想像もしたくない最悪の事態だ。
だからこそ、危険な原発は地方に作られ、その地域の方々に特別な補助をすることでリスクを相殺している。
…つもりになっている。
これは功利主義的な考えで、社会全体の幸福は最大化できているが、一部の方々の自由を奪っている。
地方の方々に事故のリスクを負わせた責任は、政府や電力会社だけでなく、我々都市部に暮らす者にもある。
一方で、仮に地方の方々がリスクと対価を天秤に掛け、「対価」を選んだとしたら許されるのか?
答はノーだ。例え選択する自由が与えられていたとしても、「命」と「思い出」は他の何物とも変えてははいけない。
目に見えない放射能は、我々と未来の子供たちの健康を脅かし… 多くの方々が移住を余儀なくされ、全ての思い出を失った。これは矛盾だ。
誰かが負わなくてはいけないリスクだか、そのリスクを負うことは道徳的に許されない。
ではどうすればいいのか?
「自然エネルギーを利用した、新しい発電システムへの転換」
これは世間でも言われていることだが、安全な発電システムを作り上げることこそ、この矛盾から脱出する唯一の方々だ。
しかし全ての原発を突然停止することには賛成できない。もちろん、リスクを押し付けるという現状を維持することに矛盾は残るが…
もし全ての原発を停止してしまってら、日本の経済は停滞(後退)してしまう。
※現在GDPがマイナス成長をしているのは、世界中で日本だけ。
企業の業績が下がれば失業率が上がり、雇用が減れば消費は冷え込み、平均年収が下がれば年金の給付額も減り、その他様々な社会福祉が今までのように受けられなくなり、更に少子化もすすむ…
原発事故は起きるかもしれないリスクだが、経済の悪化による影響は確実に起きる。そしてとてつもなく大きい。
よって、全ての原発を突然停止することには賛成できない。
それでは、今我々は何をすれば良いのだろうか?
人それぞれの環境や思いは違うので、そこにマニュアルは無い。しかしその中で、自分の責任に対して出来ることをするのが重要だと言えるだろう。
これが、私のたどり着いた「原発の正義」だ。
naitoryo