こんにちは。


先日足を運んだシンポジウムで面白い話が聞けました。


「かつては現役を卒業したら隠居して気楽に余生を送ったが、今はそんな人はいない」「住宅から縁側が消えたことと関連しているかもしれない」


確かにそのとおりだと思いました。

徳川の時代の「水戸黄門」は、隠居してから全国を漫遊して歩きました。


漫遊などしていないという説もありますが、余生の一つの過ごし方だったのでしょう。


超高齢時代を迎えて、隠居生活をする高齢者が増えてもおかしくないのですが、自分の周りにそんな余裕のある人はいません。


日々の生活に追われて、ギリギリまで仕事をしているいる人ばかりです。人手不足のなか、国の政策も高齢者の就労を奨励しています。


漸くしごとから開放されたときには、余生を楽しもうという、余力も気力もなくなっているように思います。


それでもいいと思う人も多いかもしれませんが、個人的には自分の好きなことに没頭できる余生があると信じる方が、今のしごとに身が入りそうです。


その時の課題は、縁側の存在です。

実物の縁側はなくても、自分が表現できる空間は今かは確保しておきたいものです。


今回もお付き合いいただきありがとうございました。次回の更新でお会いできれば嬉しいです。