こんにちは。

毎朝の日課が「カムカム」から「ちむどんどん」に変わりました。


今度の舞台は沖縄です。

なぜ沖縄?って、今年が沖縄の本土復帰50周年に当たるから、のようです。


「ちむどん」への思いについては後日に回すとして、今回は沖縄と聞いて思い出した年金のことについて触れたいと思います。


⚫︎年金請求と沖縄の関係とは?

知人の年金請求のお手伝い(社労士業務でなく!)をした時に、記載事項の中に「沖縄での年金加入」を尋ねる欄がありました。


その時は「該当なし」でしたので余り気に留めませんでしたが、今回「ちむどん」を観て急にそのことが気になってきました。


朝ドラの時代は1964(昭和39)年頃。主人公暢子の家は、サトウキビ農家で、父さんは大工などの出稼ぎもしているようです。


そうなると、父さんの年代なら1961(昭和36)年に発足した国民年金に加入していたことになりますが、当時沖縄はアメリカの占領下でした。


果たして年金加入できていたのでしょうか?


⚫︎本土との格差をなくす措置

実は占領下でありながら本土より9年遅れて1970(昭和45)年に国民年金制度が開始されました。


そしてこの9年を取り戻すために「沖縄特別措置」なる対策が取られました。それまでに沖縄に住んでいた期間は「保険料免除期間」とされたのです。


受給資格期間にカウントするとともに、年金支給にも反映されることになりました。


一方、厚生年金の方は、1970年から本土復帰の1972(昭和47)年5月14日までの間「沖縄独自の厚生年金制度」が設けられていました。


併せて、適用事業所に相当するところで働いていた人には、それまでの保険料を納付できる措置(特例納付)も取られました。


この措置は最終的に2011(平成23)年まで断続的に取られていたということです。


年金受給の上で、本土との格差が生じないようにするための措置が取られていたことが判りました。


知人の年金請求の記載欄もそれを確認するためのものだったんですね。


こんなことを考えながら、朝ドラを観ているのもどうかと思いながら、暢子の父さんも「特別措置」の対象になるんだと安心したところです。



今回もここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。次回もまたアクセスしてください。



春、見つけた vol.23


「いけばなは人の心を優しくしてくれます」