こんにちは。
1月17日で阪神・淡路大震災から27年目を迎えます。
震災後に生まれた人が多くなるなかで、地元では記憶を風化させない取組が続けられています。
震災時、勤務先から被災地支援のボランティアとして現地に派遣されましたが、被災者の方が困っていたのが、家族や友人と連絡が取れないことでした。
当時(1995年)の携帯電話の普及率はわずか10.5%で、そもそも持っていない人が多いばかりか、家屋等の損壊で固定電話もつながらない状況でした。
避難所に設けられた電話の前に長い列ができていたのを思い出します。
災害時につながりやすいのはそうした「公衆電話」ということですが、携帯電話の普及で街角の電話ボックスは見る見るうちになくなっていきました。
最盛期には80万台だった設置数は、今や14万台と17.5%にまで減少しているといいます。
電気通信事業法施行規則では、市街地では500m四方に1台、それ以外の地域では、1キロ四方に1台設置することが求められています。
が、実態はそうなっていないようで、どうやら利用されていない公衆電話は撤去されていく運命にあるようです。
この間テレビで、神戸で被災した喫茶店を営む女性が当時の教訓から、店の前に公衆電話を置き、それを守り続けていることが紹介されていました。
その女性は利用されないと撤去されてしまうので、携帯にかかってきた電話を公衆からかけ直し、少しでも利用率を上げているということです。
災害時の通信手段の確保は、災害があるごとに叫ばれていますが、余り改善されているように思えません。一方で公衆電話は確実に減ってきています。
神戸の女性のような一市民の頑張りが見逃されず、活かされていくような、災害に強い街づくりをこの機会に考えなければいけないと思います。
今回もここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。次回もまたアクセスしてください。
いつもの生活から(第39回)
心が静まる庭の景色
