(1) 女性差別の現状

①先日、大学の友人と男女差別に関する問題を議論しました。テーマは「社会にはどんな男女差別が存在するか」でありました。男性側は、女性専用車両は存在するのに、なぜ男性からは、専用列車が存在しないのか。またレディースデーが多くある中でどうしてメンズデーが少ないのかなどの意見が挙げられました。一方で女性側が挙げた意見は、職場で昇格しにくい。平均賃金が男性よりも低いなどです。私は、学生が社会問題について話し合うイベントなどでこの類のテーマで議論することは過去にも何度かありました。それらのイベントの際も、学校の授業で友人と話し合ったような内容の差別が列挙されていました。私の経験上、大概男性も女性も自らの性が不利であるという風に主張したがる傾向にあるように感じています。これらの議論を振り返って見ると、両性の差別問題について考えて、如何に差別を解消できるかを議論しているというよりかは、自らの主張を一方的にしているように思えます。「世間では女性が差別されてるって言われてるけれど、そんなことないでしょ」「差別、差別って気にしすぎじゃない?」などと、議論が平行線に終わってしまいます。しかし私は冷静に考えてみると、「社会」において差別を受けているのは、女性であると考えています。今一度、「社会」においてという点に焦点を当てていただければと思います。私が述べている社会とは職場などを指し、我々学生が今まで経験してきた学校社会ではありません。

 ②「glass ceiling」これは女性が社会で差別されていることを表す言葉です。この単語の意味は「ガラスの天井」であり、女性に能力があっても、「女性」という理由で昇進ができず低い地位にいることを強いられる比喩として使用されているものです。またこの言葉は、法律では男女平等になっているけど、社会の雰囲気や意識という目に見えないものによって女性の社会進出が阻まれているという現在の現状を端的に示している語であると思っています。この比喩にあるように、目に見えない差別の雰囲気や構造を実感として感じている女性は多いように思います。これが女性活躍を謳う霞が関永田町であれば、男女格差は歴然のもので、当たり前のように存在しています。しかしこれが日本の女性の地位の現状なのです。したがって社会において女性差別は、存在するものなのです。また日本での女性差別の、最たる問題点は女性が差別を被っている原因の根本が法律上の不平等ではなく、「女性よりも男性の方が上」であるという潜在的な意識によって生じる不平等であり、打開策が見出しにくい点なのです。この潜在的差別によって後述するよう沢山の不利益や男女間差別が存在していることが理解できます。

 繰り返しますが、日本は数々の法律によって性差を解決するよう配慮されています。その代表が、男女雇用機会均等法・男女共同参画社会基本法などです。これらによって法律上の平等は一定程度担保されていると評価できます。しかし国連などの国際機関が出したデータを見てみると、いまだに多くの差別が数字上においても存在していることがうかがえます。

 

 ③世界経済フォーラムが、男女格差を測定する「ジェンダー・ギャップ指数」を「The Global Gender Gap Report 2018」にて発表した。2018年の平等指数の日本の順位は149か国中110位でありました。経済分野においては、117位、政治分野においては125位と極めて低くなっています。さらに具体的に数字を見れば、女性活躍が極めて遅れていることが分かります。国会議員の女性の割合は2019年で13%です。この数字は先進国の中で最低の数字となっています。例えば、韓国17%・アメリカ23%・中国25%・フランス37%と先進国の中でも日本が低くなっているのがわかります。さらに日本では議院内閣制という制度上の問題があるにしろ、憲政史上女性の内閣総理大臣はいまだに誕生しておりません。(党首レベルでは民進党、蓮舫氏などがいる)イギリスではメイ首相やサッチャー首相、ドイツではメルケル首相などが誕生しています。また女性の参政権が遅れた韓国でさえ、朴槿恵大統領が初の女性大統領として2013年に誕生したのは記憶に新しいかと思います。このように日本の女性政治進出は他国に後れを取っていることが分かります。

 ④一方で経済分野を見ると、社会進出自体は近年増えているものの「昇格」や「管理職」という部分に焦点を当てると男性との差が未だに存在しています。例えば、経済界での女性活躍度を見る指標として「女性管理職比率」がよく用いられます。諸外国は管理職の比率が30%から40%となっています。一方日本は10%前後です。2013年では6.6%でありました。この管理職の中には、学校の校長や教頭、看護師の師長も含まれているため、それらの職を除くと極めて低いパーセンテージとなることは容易に想像できます。民間企業の役員比率に至っては1.4%であるということです。ちなみに欧米諸国は15%です。ここから見ても女性の社会進出が如何に後れを取っているのかが浮き彫りとなっています。ここで問題となってくるのが、女性活躍(=社会での差別を解消する)を実施する必要とは何なのかです。女性活躍の意義ということです。よく反論として「昔は女性が自宅で働いていても、社会は成り立っていたのだから昔のままで良いじゃないか」などと言う人が一定数います。しかし現在の社会では、女性が差別を受けていることで社会全体に不利益が生じていることは確実です。社会は変遷し、女性差別が起きていることで様々な不都合が生じているからこそ女性活躍が大きなテーマになっているのです。

 

 

()「女性活躍後進社会」の弊害

女性の活躍と1990年代以降の経済的パフォーマンスの間に大きな関係があります。例えば格差を表すものとして、男女の就業率ギャップ指数があります。男女の就業率ギャップ指数を参照すると、女性の就業率は財政とも相関があることが分かります。女性の就業率の低い、イタリア・韓国・ギリシャでは非常に厳しい財政状況となっています。例えばイタリア・ギリシャはEUの中で財戦状況が非常に厳しいです。また韓国はアジア通貨危機に際して、財政危機に陥ったことは記憶に新しいかと思います。日本もバブルが崩壊するなどの影響が拡大してデフレが起こり危機的な財政状況が続いてきました。一方就業率のギャップの小さい北欧諸国などは一般的に経済状況が好調であるという事が言われております。

 

    次にあげる弊害は、家族に関する問題です。このまま女性活躍が進まないと、日本は少子化が進み、未婚者があふれる社会になることは目に見えています。(結婚が良いか悪いかはここでは論じない)又、結婚したとしても厳しい家計状況では、消費が増えず、経済の成長が妨げられるという負のスパイラルをはらんでいます。そもそもなぜ女性活躍が後進であることが原因で、未婚が増えるのかと言えば男性一人が外に出て女性が家事をするというスタイルでは、家計が厳しくなるからです。きわめて単純に説明をすれば、両性が労働をすれば家計の予算は2倍になります、一方で夫婦いずれかの収入のみしかなければ、収入は半分という事になります。そのような状況を前へ進めるためにも女性活躍(差別解消)を推し進める必要があるのです。現在、少子化が日本国内で大きな問題となっているのはご承知かと思います。特に地方では人口減少が猛スピードで進んでいます。下の表を見ればわかる通り、女性の就業率と合計特殊出生率には一定の相関があることが分かります。例えば、女性の就業率の高いアメリカやイギリスでは出生率の低下は起こっていません。起こっていても微減です。出生率の低い韓国や日本イタリアの場合は、就業率も相関して低くなっています。このようなデータが示されているにも関わらず今なお、女性が仕事をすると仕事に熱中したり、仕事を中心としたライフスタイルとなり、結婚することをためらったり、結婚しても仕事の忙しさから子供を作ることを拒み出生率が減少すると主張する人も一定数いもます。もしかしたらそう主張する人の方が多いかもしれません。しかし先述した通り、女性が社会進出する=出生率が減るといった主張は真逆であることが分かります。なぜこのように女性の就業率が低いことによって、出生率が低いのかと言えば、過去からの経済構造の移行に一因があると考えられます。先述した通り、高度経済成長期には男性は外で働いて、女性は家で家事をするという家庭が主でした。しかしサービス業を中心とする経済では、女性が家で家事だけをするという考え方では家族、そして日本社会を維持することが厳しくなりつつあります。つまり男性一人の収入では豊かな家庭を維持することができない(経済的な面)とされているからです。したがって子供を養う余裕がないため出生率が減るという具合なのです。このように女性活躍遅れているという弊害は、想像以上に大きいことがわかります。

 

内閣府男女共同参画局 HPより

 

 

()まとめ

()で述べてきたように、女性差別による弊害が日本にとってもマイナスであることは多くの方にご理解を頂けたと思っています。また政府や民間も当然ながら女性活躍を推進していくことへのメリットを理解していると思います。だからこそ日本政府は男女雇用機会均等法、男女共同参画社会基本法を制定しているのです。これらの法律によって、法律の面では差別が解消できたと評価できます。しかし、()で触れたように政治の面でも経済の面でも大きな格差が未だに存在しているのが日本の現状です。これらの差別は人々の「意識」に起因しているものなのです。その意識とは潜在的なレベルでのものであり、男性は外・女性は中という「意識」です。それの意識を変えるためには「意識改革」が必要ということになります。しかしこの意識改革が必要であるということは、沢山の人が言っているし、以前から主張されているものです。そして、意識改革と高らかに主張することは簡単だけれども実際に人々の潜在的意識を変えることは難しいのが現状です。私自身もこの問題について記述している過程で、意識改革の方法を調べ、どうすれば潜在意識(価値観)を変えることができるのかを考えましたが、特効薬のような名案は思いつかなかったのが実際のところです。現時点では国もよい案がないのだろうと思います。(女性活躍担当大臣などのポストを創設しても厳しい)人々の意識を変えるには、教育で子供たちから価値観を変えていくなどの方法があるだろうが、今正確に言えることは、女性活躍は日本社会に利益をもたらし、女性は中、男性は外という固定観念的意識は改革するべきということです。