19番目のカルテ | ネイリング公式ブログ

19番目のカルテ

今日は、ママの病気に関係するお話です。

先週7/13(日)夜9時から、
日曜劇場
「19番目のカルテ」
始まりました。
松本潤さん演じる
「総合診療科」
のお話です。
ママもこの総合診療科に通っています。
総合診療科は、どこの科にかかったらいいかわからない、悪く言えば、ありとあらゆる病院をたらい回しにされて、どこも悪くないと言われ、でも苦痛は続き、心身共に限界を迎えている患者さんが
藁にもすがりたい思いでたどり着く場所かなあ。ママがそうでした。

第1回は仲里依紗さん演じる、他人に理解されない原因不明の全身の痛みに苦しみ、
どの医者からも正しく診断されない、
いくつもの病院をたらい回しにされ、転々とするドクターショッピング状態の女性。

まさに、8年前のママでした。。
ママは、東京、横浜、浜松で「12」もの病院を転々としました。

仲里依紗さんが痛い、痛いと訴えても、
気のせいでしょう、
錯覚でしょう、
検査の結果どこも悪くありません。
1ヶ月経ってもまだ痛かったらまた来て下さい。。と言われる。

ママも全く同じ事を言われ続けました。「血液検査ではどこも悪くないのだから、どうすることもできないですよ。しばらく様子を見てください。どうしても痛かったらまた来て下さい」
激痛だから仕事の合間をぬってやっとの思いで来たのに。
何時間も待たせて、たったの「5分」程度の診察。
痛い箇所を見もしない、触りもしない。😭💦💦

ドラマでは、ある病院でも同じ事を言われ、仲里依紗さんは、
「じゃあ鎮痛剤だけくださればいいです‼️」
ネットで自分の症状に当てはまる病気を見つけてドクターに、「私、この病気じゃないでしょうかね?」と詰め寄る。

ママも同じ事を言っていました。自分の病名を知りたかった。
病名も言わない、治療法も言わない、気のせいだ、ストレスだろうと言うだけ。でも激痛は仕事中だろうと、就寝中だろうと容赦なく襲ってくるのだから、せめて鎮痛剤が欲しかったあの頃のママ。

藁にもすがる思いで訪れた 7件目の病院では、「これは静脈瘤ですね。両足から静脈1本ずつ抜いちゃいましょう!!簡単な手術ですし、全く痛みは伴わないから、このまま手術しちゃいましょう!」と言われ、
嘘ばっかり、激痛でした。大人なのに号泣し、脂汗たらたらで、痛みで暴れるので看護婦さんに押さえつけられて、手術されてしまいました。
でもこれでこの痛みが無くなるのなら我慢しようと頑張りました。
でも、痛みは1週間経っても続き、再来院して痛みが続くことを伝えると、
「さあ、それは知りませんね。私の手術は成功したのですから、まだ痛いのは、何か別の病気だったということなんじゃないですか。私がすることは何もありません。お帰りください。」
😨...😭💦💦😱
耳を疑いました。

その後、横浜で評判が良いと噂の病院まで行ったところ、先生が
「あなた騙されましたね。あなたは静脈瘤なんかじゃありません。正常な静脈を両足とも取られてしまいましたね。最近、お年寄りに静脈瘤ですよ、手術しちゃいましょうね、と言葉巧みに手術を促す、血管外科医でもないのに手術する美容整形外科医のグループがいて問題になってるんですよ。」
これに関しては、良く調べもせずこの病院に飛び込んだママも悪いですが、人の弱みに付け込んだ悪徳商法みたいですよね。😈👿

ドラマでは、脂汗をかきながら、トイレで鎮痛剤を飲み、あまりの痛みに気を失い、救急車🚑で病院🏥に運ばれた仲里依紗さん。
病院で「命に関わる病院ではないんですから安心してください。」って言われてた。
(あー、この言葉もママも言われたっけなあ。病名も告げられない先生に命に関わるか関わらないか、どうしてわかるんだ!実際、後にママは半年後に死んでいたかもと言われたし。。)

ドラマでは仲里依紗さんも、さすがにこの場面で声を荒げました。
「あなた達、医者ですよね!なのに何でわからないの?また気のせいって言うんでしょ。私が嘘ついてるって言うんですか!?」


泣けました。
今思い出しても泣けてくる。あの頃の痛み、恐怖、苦しみ、辛かったなあ。。。
仲里依紗さんは、松潤さん演じる、総合診療科の医者に出会い、
やはり血液検査などあらゆる検査では異常はないとされながらも、
「線維筋痛症」
という病名を告げられます。

松潤演じる総合診療科の医者が差しのべるその手。神さまに思えたことでしょうね。

ママは、10件目の病院に、「痛み専門のクリニック」を紹介されました。
そこでやっと病名が付いたのでした。(実際には、後に違う病名ではありましたが。)

線維筋痛症と病名を告げられた時の仲里依紗さんのセリフ、表情、
まさしく当時のママと全く同じでした。

初めは、えっ何?
病名あるの?という驚き
ママは、後に病名は違ったのですが、その時は「肢端紅痛症」
病名を告げられました。
聞いたこともない病名
だけど何故か不思議とほっと安堵の表情

ママの肢端紅痛症も、勿論聞いたこともない病名でした。
その当時は日本にまだ3人しか患者さんがいない、もしこの病気ならあなたは4人目です。難病で治療薬も治療法もありません。
珍しすぎて、研究もされておらず、世界的にも殆ど何の文献もありませんでした。

線維筋痛症も全身が痛くなるのですが、
ママの肢端紅痛症は、字のごとく、四肢の端(両腕、両足)が紅くなり痛くなる、将来は歩けない、壊死すれば切断もあり得る、、など怖いことばかり。

ドラマでは仲里依紗さんも、泣いて取り乱したりせず、微笑んでいました。泣き笑いですね。🥹🥲🤭
「やっと、これで病気だって言える。やっと。やっと。。ごめんなさい、病気なのに喜ぶなんて。。」

このシーン、このセリフが一番泣けました。
🥹(*T^T)🥹だって、同じようにママも
笑って同じセリフを言っていたんですもん。
「先生、病名があるんですか!笑ってごめんなさい。病名告げられて笑うなんて変だと思うかもしれませんが、嬉しいです。ずっと痛いばかりで何かわからなくて不安で恐かったから、どんな難病だとしても、病名があったことが嬉しいんです。先生、私に病名をつけてくださってありがとうございます。」と、ママは
先生に言ったのを覚えています。その時は不思議と涙は出ず、笑顔で家に帰り、帰るとすぐに住宅建設会社に電話して、
「私、将来車いす♿の生活になりそうなので、バリアフリーにしてもらえますか。」
とリフォーム依頼をしていたんですよ🤗
その日にですよ🤭


何の病気か知りたかったのです。何の痛みかわからない、不安と恐怖に押し潰されそうだった日々。
ネイリングのアクセサリーを製作しながら、合間をぬってネットや医学書を読み漁っていました。
熱をもった手足は冷やしたほうがいいと言われ、バケツ🪣に氷🧊を入れて、その中に真冬なのに手足を突っ込んだりしました🥶。

小芝風花さんも医師役

忘れもしない、大晦日に、恒例の手作りのお節料理を夜中まで立ちっぱなしで作っていて、今までにない激痛が襲い、号泣しながら「ママ、きっと両足切断するんだ!足、無くなっちゃうんだ!でも足無くなれば、もうこの痛いのも無くなるんだよね!」
と、その時居た長女に向かって、子供のように大泣きしました🥹
病名を告げられてから、この日初めて泣きました💦😭💦

今はこんな風に歩行器を使ったり、杖🦯をついたり、時には車いす♿を使っています

痛み止めの飲み薬💊は飲んでも何も効きませんでした。なのに、副作用でか、視力👁️がどんどん落ちて🙍⤵️ゆきました。細かい精密な作業をするネイリングのお仕事にとって、致命傷でした。先生に相談して他の鎮痛剤にすると共に、両足のくるぶし🦶と足の甲の骨に、
ステロイド注射💉をしてもらうようにしました。が、悶絶するくらいの痛い注射💉のわりに、1~2日しか効果はなく、そのまま月日は流れ、二子玉川の高島屋さんでのネイリングフェア💍2週間の初日に最悪の結末となったわけです。

二子玉川で緊急で診て頂いた病院で、「あなた、このままだと死ぬよ😇」、と言われフェアはお客様が交替で販売してくださり、ママは即入院🏥となったわけです。

ここからが12件目の現在の病院、総合診療科です。
当時の医師は、ママが半年後には亡くなっている可能性が高いとよみ、取り敢えず、3ヶ月入院しましょうと言われたんですよ。
入院してからは、毎日毎日、検査、検査でした。

結局は当初診断された「肢端紅痛症」ではなく、別の難病でした。
これまた厄介な病気で、今現在も20錠もお薬を飲んで、痛みと闘っています。

珍しい患者がいるということで、いろんなドクター、研修医、医大生やらが連日いらして、いろんな方向から千手観音のように
手が🖐️伸びてきて、
あちこち触られまくりました🤚🫲🫷🤭

長くなりましたが、
新しいドラマで、自分と酷似した内容、ママに取材して作った?と思うほどの冷たい医師や、優しい医師や看護師や患者さんのセリフ、表情。そのどれもがかつて、経験したものばかりでしたので、本当にびっくりしました。
この第1回はとても反響があったそうです。
Tverなどで見られる方は是非見てください。あと1週間見られるみたいです。