人は誰でも戻りたい過去がある。
変えたいのかもしれない。
変わりたくないと願っていても、戻ろうと考えているのかもしれない。
ただ見たい。
あの頃の自分がどうだったのか。
色々な矛盾を抱えながら生きて行く中で、輝いていた、輝いていたと思っている自分に会いたい。
そんな複雑な思いを叶えることが出来る場所があるとすれば・・・
この物語は、そんな場所、人、管理人を主役にしたものです。
とある場所に、戻り坂と呼ばれる道がある。
その名前の通り戻ってしまうほどに急な坂だ。
そんな場所にある一つの噂がついている。
「戻りたい過去、戻りたい自分。 それがあって強く願っている人がその坂を登れば望む時間が手に入る。」
突拍子もない、実現しそうもない、途方もない噂だ。
そんなものを本気で信じている人などいないだろう。
本当に追い詰められていない限り。
人間追い詰められると、たとえ叶わないと知っていても、すがるような気持ちでしがみついてしまうことがある。
この男もそんな中の一人だ。
大井 まさお
高校時代、あまりにも平凡に過ごし、楽しい思い出一つも見つけられないまま社会人になり、流されるように日々を過ごしてきた。
彼女も出来たし、全く楽しいことがなかったわけではない。
ただ、高校時代に一つだけやり残したという思いが強く残っていた。
彼は高校時代を平凡に過ごしてしまう前に、一時期だけ青春というものを感じていたときがあった。
彼は野球部に入っていた。
一年のときだけであったが彼は白球を追いかけ、先輩たちと泥にまみれながら、甲子園なんて大口は叩けないと思っていたが、予選決勝ぐらいまでは行きたいと願っていた。
そんな彼は一年生の秋、ある事件を起こしてしまう。
中学時代の旧友と遊びに出かけていたときに、悪いことだとわかっていながらも酒とタバコをやってしまった。
そんなこと・・・。
と思ってしまうかもしれないが、高校球児にとってはそんなこととも言えない問題なのだ。
その彼がやった酒とタバコがとある保護者に見つかり、野球部は秋、春大会の出場停止を余儀なくされてしまう。
彼はその後野球部を退部し、あとは前に書いた通りに何事もない平凡な高校生活を送り続けていくことになる。
そんな彼が今、戻り坂の前に立っていた。
「ここを登れば・・・」
登る方法など特別指定があるわけでもないが、車では願いなど叶うことはないだろうと、まさおは車を降り戻り坂を歩き始めた。
夏の暑い日差しを浴びながら上着を脱ぎ、腕にかけ再び歩き出す。
どんどん登り続けても何も起こらない。
そんなことはわかっていたはずなのに、なぜだか悔しさがこみ上げてくる。
過去に戻ることなんて無理で、自分のしたことは一生変わらない。
このまま墓まで後悔を引きずっていくだけだ。
と考えていたときだった。
夏の暑さのせいだろうと考えていた目の前の靄が急に濃くなり、彼は一瞬自分の居場所を見失った。
「なんだ!」
思わず目を閉じ声に出して叫んでしまう。
こんなところに来なければよかった!
過去に戻る噂なんていうのは間違いで、ただ単に人が帰ってこない事故とかの話じゃないのか!?
最悪の事態が頭をよぎり、彼は閉じていた目をゆっくりと開けた。
「ここは・・・」
そこは彼が居場所を失った同じ場所だった。
「ただの眩暈か・・・」
半ば自嘲気味に笑い声を上げ戻ろうと振り返ったとき、彼の少し離れた場所に一人の女が立っていた。
「本当の戻り坂へようこそ」
女はただ一言だけ話すと、彼と距離を開けたまま言葉を続けた。
「あなたは最初に聞いておかなければならない。 戻り坂にはルールがあるの。」
「ちょっとまってくれ! 本当の戻り坂って、ここはさっきと同じ場所だろ?」
彼はあたりを見回してそういった。
だが、何かが違っている。
その何かはわからないが、違っていることだけははっきりとわかっていた。
女は彼の言葉には耳も貸さず、そのまま先を続けた。
「噂で知っているようにここは過去に戻ることが出来る場所。 ただし、それには代償が必要になるわ。 戻り坂で過去に戻れば、もう二度とここに帰ってくることは出来ない。 これがまず第一の代償。」
「次にあなたは今のあなたのまま過去に戻ることは出来ない。 ただあなたの時間が戻り、過去をやり直すチャンスが出来るだけ。 つまり、今の思いは過去には連れて行けない。 過去に戻っても同じことの繰り返しかもしれないし、さらに悪い結果を生むだけかもしれない。 これが第二の代償。」
「最後に、あなたが死んだとき・・・ここで起きたことの全てを思い出すわ。 そして、あなたは新しい管理人になる。」
まさおは、女の言っている言葉の意味、その半分もわからずにただ聞いていた。
まっとうな世界に居れば、こんな気の狂った話など聞きもしないだろう。
ただ、ここは普通の場所とは違っていた。
女の言葉には有無も言わさぬ説得力があり、彼は理由などわかりはしないが女の言っていることが真実ではないかと考えていた。
女は彼の考えが読めるかのように言った。
「ここは真実のみしか言葉に出ないわ。 本心と違うこと、事実と違うことを話そうとしても言葉に出ないの。 意味がわかってくれているなら、私が前にここを使った人間だということがわかるはずよ。 私はあなたよりずっと昔に戻り坂で過去に戻り、ここの新しい管理人になったわ。 つまり私は一度死んだ人間で、あなたはその死者と同じ場所にいる。」
まさおは、女の言葉をいぶかしむこともせず、ただ当たり前の会話、日常的な会話をしているかのように女と話をしていた。
なぜなんだろう?と頭をよぎることはあっても、そのなぜを疑うようなことはしなかった。
あるがまま、女の言葉のまま受け止めている自分に、なかば驚きながらも口をついて出た言葉はこれだった。
「あんたが言っていることが真実だっていうことは、なぜだか分からないが理解できる。あんたが嘘をついていないのは頭でわかってるんだが・・・どういうことなんだ?」
女は望んでここに来た男に向かって、初めておかしそうな顔をしてまさおを覗き込んだ。
「この戻り坂は、本当に望んでいる人しかやってこれない。 ただ興味本位で坂を登る人間にはやってくることは出来ない場所なの。 ここにたどり着いた時点であなたのやりたいこと、心はもう決まっているはず。 だから私の話ていることも理解できる・・・というよりも、望んでいたことなのだから、そうであろうと信じようとするわ。」
女は彼の顔を見て理解できているか確認するかのようなしぐさをした。
「あなたにとって、私が真実を言っているかそうでないのかはあまり重要ではない。 私は管理人の役割として、あなたにここのルールを教えているだけ。 ここは現在と過去の境目。 いくら悩んで考えようと時間は関係ないわ。 」
まさおはもう一度辺りを見回した。
「ここに来て、現実に帰ることは出来るのか? 俺には元々現実にしか見えないんだが・・・」
女は坂の下りを指さし、彼のほうを見て大きく腕を横に広げた。
坂の下は夏の暑さでぼんやりとしている。
「帰れるのか、過去に行くのかはあなた次第。 現実に戻るにしても、過去に行くにしてもこの坂を下っていくしか方法はない。 この私の立っている場所があなたが行く場所を決める境界線。 ここを過ぎれば、その瞬間にあなたはどちらかにいることになる。」
「決めるのはあなたの決断じゃない。」
「心が本当に望んでいること。」
「あなたの心はどこに向かっているの?」
まさおは女の言葉を聞いて、ためらいもせずに一歩を踏み出した。
その2へ続きます。
不評であれば、今回のその1で打ち切ります~。