8年の温度差 | 南三陸町と、『名前負け』するブロガーの日常

南三陸町と、『名前負け』するブロガーの日常

宮城県南三陸町。

大震災からの復旧・復興期を迎えている今、
町はかつての面影を失いつつあります。

そして人々の記憶も失われていくもの。

将来、思い出の補完の一助となれば…。

その願いをもって、私は町を訪れています。

( ;谷)。oO(הללויה)

先日コチラでも宣伝した20代語り部によるバス案内。

3月9日、催行初日を迎えました。

おかげさまで満席続き&大勢のマスコミの取材。

彼らを送り出した後の私の心境は『岸壁の母』です。

まずは午前の部:慶治くんを追います。

 

 

マスメディアの波に消えた慶治を探せ。

皆様、お手柔らかに。。

 

続いて午後の部:息子さん。

 

ちゃんと説明してる。

大人になったなぁ…。

 

 

震災から8年。

外から来た私が感じる8年と、この町で暮らしてきた

彼らが背負う8年にはとてつもない温度差があります。

それなのに、笑顔で一日を終えてくれました。

さぁ、明日もがんばろうね!