歴史の過渡期の只中で | 南三陸町と、『名前負け』するブロガーの日常

南三陸町と、『名前負け』するブロガーの日常

宮城県南三陸町。

大震災からの復旧・復興期を迎えている今、
町はかつての面影を失いつつあります。

そして人々の記憶も失われていくもの。

将来、思い出の補完の一助となれば…。

その願いをもって、私は町を訪れています。

( ;谷)。oO(הללויה)

私は土盛りの上に立っています。地域は大森。

天王前方面に新しい橋脚が造られています。

工事看板が見当たらず橋の名前はわかりませんが、

新しい橋が全体的に既存の橋よりも上流側に造られて

いることを鑑みると、東橋にあたるのでしょうか。


同じ場所から振り返ると、億満稲荷神社が見えます。

震災で倒れた鳥居は撤去(移動)されました。


現在この神社に立ち入ることは出来ません。

いずれは鳥居もここに戻って来ると信じています。

小さなお稲荷様の行方は杳として知れません。

…実に残念です。


海の方角へ迂回路を進むと、間もなく開所式を迎える

南三陸町地方卸売市場(新・魚市場)があります。


高度衛生管理型魚市場であるこの施設。

登録者以外、容易に立ち入ることは出来ません。


オレンジ、緑、青。

この色の組み合わせにも意味があるそうです。

確か鳥避けだったような…?


魚の選別機なども順調に運び込まれています。
それにしても立派な魚市場です。


一方こちらは現在使用されている仮設魚市場です。

間もなくその役目を終えることとなります。

被災前の町を知らない私にとっては、この施設こそが

志津川の魚市場でした。

5月29日の『南三陸大漁まつり福興市』は、ここ

仮設魚市場で開催されます。


生まれるもの、失われるもの。

役目を終えるもの、そしてその役目を引き継ぐもの。


歴史の過渡期の只中にある現在、様々な感傷と共に、
時間はひたすらに流れ過ぎて行きます。