先日アップした、

「国葬します」だなんて自民党の感覚だけで決めてしまっていいの


これは私の作った短歌だが、

これは文字通りの意味。
国葬するなんて自民党だけで決めていいんですか!?という詰問であり、非難。

一方、私が型をお借りした、あまりにも有名な、俵万智さんの、

「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ2杯で言ってしまっていいの


これは、全然文字通りの意味ではないのだ。
別に詰問してるわけでも、非難しているわけでもない。

カンチューハイ2杯を飲んで、あなたが発した言葉が嬉しい、



カンチューハイ2杯のお酒の力を借りなければ、それを言えないなんて、ちょっと頼りないけど、そんなあなたが愛おしい、



もう少しよく考えて、きちんと決意して、素敵なプロポーズをしてくれても良かったんじゃないの、なんて思わないこともないけれど、今、こうして目の前で、自然に言ってくれるあなただからいいのかも、


等々、この短歌を聞いた人それぞれに、じんわりと温かいものが想起されるのではないだろうか。

同じような文の構造であっても、全く違う世界を描いている俵万智さんの凄さに、改めて気づくことが出来ました。