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昨日は一日熱が出て寝込んでおりました。
午前中には39度台まで上がり、グッタリでしたが、午後には38度、夜には37度と徐々に下がっていき、今朝は36度台に落ち着きました。 


では続きを書いていきたいと思います。

ある日姉から電話がありました。
今度実家に帰る時、自分も行くから教えてほしいとのこと。なので週末家族で帰る日に姉に電話を入れました。


ちょうど実家で私一人留守番をしている時に姉はやって来ました。
そして私の前に座ると、
姉 : 「適合検査の結果なんやけど···」
私 : 「それなら私も聞いたで。できひんってことな。」
姉 : 「そうなんやけど···」


私は姉が何を言いたいのかわかりませんでした。しかし、
「実は1年くらい前から右胸にしこりがあるのはわかっててんけど」
姉がそう言った瞬間、不安がよぎりました。
まさか、まさか···


そして正にそのまさかが的中したのです。
姉は私が癌になってしばらくした後、自分にもしこりがあることに気づきました。でも姉は西洋医学には否定的でした。私の抗がん剤治療の様子を知っているので、自分は細胞を壊して身体に負担をかけるような抗がん剤治療は絶対しない!と強く思い、何とか自分で治そうとしていたそうです。確かに姉は色んな本を読みあさっては私に助言をしてくれていました。でもその時は私のためにしてくれていると思っていたのですが、それは自分のためでもあったのでしょう。姉は私とは違ってとても芯の強い人です。でもそれが今回は裏目に出てしまったのではないかと思っています。


病院にも行かず、自然療法などあらゆる本を読んでは試してみるけどしこりはなくならず、月日も経ち、もう今更病院へは行けないなと思っていた時に、私の同種移殖の話が出てきて、移殖をする前に検査をしなければいけない状況になってしまったということでした。


そういえば、姉と適合検査を受けに病院へ行った時に、コーディネーターさんと姉の二人きりで話をしていたのですが、妙に時間が長いなと感じたのを思い出しました。その時に姉が打ち明け、コーディネーターさんから一度ちゃんと検査するように説得されたようです。


その後姉は検査を受けました。
結果は乳癌のステージ4。左胸の胸膜にも転移しているとのこと。
愕然としました。私だけでなく、姉までもが癌になってしまうなんて。今日両親にもその話をするために来たということでした。
私は緊張しました。両親が姉の話を聞いたらどうなるだろうかと。特に母はこの現実を受け入れられるだろうかと思いました。


母は更年期鬱になってから、精神的にめっきり弱くなってしまいました。今でも診療内科にかかっているので、この話を聞いて冷静でいられるだろうかと不安になりました。


何も知らない両親や私の旦那、娘は楽しそうに夕食を食べていました。しかし姉の顔は強張ってるし、私はずっとドキドキしていました。


そして夕食か終わり、いよいよその時がやって来ました。姉は二人に話があると告げると、
何事かという感じでした。
姉はこれまでの経過を淡々と話し始め、その間涙一つ流しませんでした。話を聞いた両親はというと、父は冷静でしたが母は聞き終わった後泣き崩れました。
旦那も思いもしなかった事態に凍りついていました。


父は一年前に気付いていながら何故すぐ病院へ行かなかったのか、それが納得いかないようでした。確かに癌は早期発見が大事と言われているし、父自身もそれで癌を乗り越えているからでしょう。自然療法なんて全く信じてはいないし、病院が一番なんだと。


しかし、私のように病院へ行って治療しても治らない人だっています。西洋医学には限界があるし、病院に見放された患者さんが治ったという例もたくさんあります。
何が自分にとっていいのかは人それぞれでわからないのです。


姉は絶対治ると信じていると言いました。
「強いな」私は思いました。


そこまで話して、父は「わかった。こうなってしまったものは仕方がない、あとは治療を頑張るしかない」と言い、話は終わったのですが、
母はしばらく泣いていました。


母のことは心配でしたが、
姉はようやく伝えられたことでホッとしたようでした。


姉は私に助けられたと言いました。この同種移殖の話がなければ、未だに病院へは行けてなかったと。それを聞いて私は、キムリアでもし治っていたら同種移殖の話は出なかった。
そしたら姉の乳癌も手遅れになっていたかもしれない。


やはり全ては完璧に絶妙なタイミングでやってくる。全ては宇宙の計画通りであるんだと。


私はこの時心底そう思ったのでした。