7/19 錯誤による婚姻無効!?
 帰宅した夫が仕事に疲れ果てた身をソファーに投げ出していた。そこへ妻がやって来て、指に挟んでいた用紙を離すと、紙切れは頼りなく空に舞った。疲れた体に鞭打って手に取って見れば、何と妻からの見下り半。
「私は貴方が私に言った「貴女を幸福にして見せます」との言葉を真に受け、貴方と結婚しない限り幸福になれないとの「誤解」に基づき貴方と結婚しました。処が現在、私は幸福ではありません。よって私は「錯誤」を理由に貴方との結婚を取消します。結婚は無効だったのです。延いては払い過ぎた生活費を結婚日に遡及して返還して頂きます。
 もし離婚が厭なら、私が「誤解」していなかった「特段の事情」を立証できた場合だけ、離婚が回避できます。
 その「誤解」とは「貴方と結婚しない限り幸福になれない」と云う事です。だから貴方は私が結婚を決断するに際し、「貴方と結婚しない限り幸福になれない」などと金輪際思っていなかったことを厳格に立証する必要があります。たぶん、物証がないと認められないでしょう」
 貴方は唖然として言葉を失う。そもそも言っている事が分からない。
 成る程、結婚の際には世間並みに「貴女を幸福にして見せます」位は言ったかもしれない。しかしそれは誰もが口にする儀礼上の挨拶に過ぎない。涎(よだれ)垂らして鼻の下に洟(はな)をテカらせている子供であっても「お利口そうなお坊っちゃんですね」と親に挨拶するだろう。オカチメンコでコマッシャクレタ子供であっても「可愛いお嬢さんですこと」くらいは言うだろう。
 その儀礼上の挨拶に基づいて「俺と結婚しない限り幸福になれない」などと錯覚を抱く様な人間がおるものか。
 この女は「俺と結婚しない限り幸福になれない」などと言う錯覚に基づいて俺と結婚したとでもいいたいのか。
 この女が主張する様に「俺と結婚しない限り幸福になれない」と云う錯覚に基づいて俺と結婚したものではないことを俺が立証しない限り、俺は結婚と結婚に伴う全ての責任を負わねばならんと言うのか。

 貴方は貴方が「駄目亭主」である事実を、てっきり奥さんが分かってくれていたのだと思っていた。処が唐突に奥さんが叫んだ。私は貴方が「立派な夫である」と「誤解」したから結婚したのだ、と。
 すると話が辛(つら)くなる。
 奥さん側は、奥さんが貴方のことを「立派な夫である」などと「誤解していない」にも係わらず奥さんが貴方と結婚したことを、貴方が立証しろと主張する。立証出来なきゃ責任取れと吊るし上げられる。
 そんなヤヤコシイ事を立証できますか。