2/21 「國の借金」のデマゴーグの目的
 百歩譲って、キャンペーンとおり財務官僚様が増税分で「國の借金」を埋めたとしよう(有り得ない話だが)。しかし借入分(国債発行残高)を、新たな借入(増税)で返されても、実はちっとも嬉しくない。債権者は同じ国民なのだ。何一つ国民の利得にならない。余分な経費が掛かるだけでも、余計仕事だ。国民から借りている分を、国民からカツアゲして、その金で返すから納得しろと言われてもアホ丸出しやンか。猿でもようせえせんわ。イケズ。
 それどころが、広く国民から徴収して、国債を買えるような金持ちだけに国債購入分を返すと見れば、富の偏在を招く行為だ。更に国債残高の5~7%は外資が保有している。国民の血税で外資を利することになろう。
 そもそも借金を借金で返すなどと言い出す輩はロクな奴じゃない事明らかだ。性格破綻者かペテン師だ。だから詐欺師が約束を実行する訳がない。仮に実行したとて経済的には全く無意味非生産で自慰自家発電にも劣る。会計的にも実体は借入科目の付け替えに過ぎない。
 それにしても「國の借金」のデマゴーグには、端無くも財務省様の腹の裡(うち)が反映されていると云わざるを得ない。つまり国民のお金を吸い上げるに於いて同じとしても、国債発行より税金徴収の方が、役人にとって都合が良い、とお役人様方は自白されているのである。語るに落ちるとは此のことだ。国債だと償還義務が残るが、税金なら徴収したが最後、後は使いっぱなしで良い、と言う財務官僚様の本音の顕現に他ならない。それに国債だと建設国債だとか何だとか使途が限定されたり目的が定められたり紐付きであるが、税金ならこっちのもの、官庁の裁量的差配の名目で、お役人様の好き勝手に使える。
 「國の借金」と言われて「借金ならば返さねば」と発想するのは、正直一路に生きてきた我々庶民の悲しい性、持って生まれた健気な渡世の条件反射なのだ。借りたものは死んでも返す、これが渡世の厳格な定めだ。我々庶民大衆は娑婆と云う経済取引社会に生きる以上、渡世の掟には絶対服従だ。
 処がお役人様は金輪際未来永劫こんな発想はしない。「國の借金はお前の借金だ。お前がお前に払ってやんな。どうだ良いアイデアだろう。」