1/30 国税様解体で「五箇条の御誓文」無効化
「五箇条の御誓文」締結日の昭和42年12月13日に存在した社会党は、現在は社民党と民主党に分かれた(新社会党というのもあるらしい)。他の商工会等が、社会党左派の末裔議員を糾合して国税様と交渉させたら面白い。どんな対応をするやら。日本人民を抑圧して収益を図ると云う点では同じ利害に立つから、意外に仲が良いのではないのか。
私は高校を出る迄小千谷市にいたのだが、幼馴染みの家を訪れる度、その幼馴染みの父親が、何時も零(コボ)していたのを思い出す。親爺さんは長く市役所の課長を務めたのだが、二言目には「社会党左派は〇産党より質(たち)が悪い」と吐き捨てるように言っていた。当時は市役所は課長制で、部長は無く、市長の下は、直ぐ課長だった。市議会で市長の代理で担当課長が答弁する度、社会党左派に意味もなく長時間吊るし上げを喰らったという。
彼等の特徴は際限も無く続く観念論であり、空理・空論だと言う。質問の内容と無関係に、以下の議論を吹っ掛け、社会党の主張に同調する見解を述べるまで、吊るし上げを止めないと云う。
「憲法第9条を理解しているか。説明しろ。」
「朝鮮併合をどう考える。発言しろ。」
「ソ連が、どう思うか分かっているのか。言ってみろ。」
議会が何時間も中断するのは平気だったそうだ。
恐らく上記の光景は朝鮮半島の人民には有り触れたものに違いない。朝鮮半島に行けば日常的に見る風景だ。傍からは空論としか思えない主張を、互いに怒鳴り合って議論している。相手の言葉に耳を貸したら負けとでも云った雰囲気で、猛烈な勢いで各自の主張だけを喚き合う。


遡れば、李朝の両班が、朝鮮朱子学の空理・空論を振り回した姿が髣髴と沸いてくる。その末裔の流れを組む社民党も憲法第9条(なぜか9条しか問題にしない)がどうのとか云う空理・空論に耽って延々と倦むことが無い。果てしの無い空論の言い争い好きが、抜き差し難く身に付いている。
 日本人なら苦痛以外の何ものでも無いが、彼らは彼らなりに楽しいし快感なのだろう。楽しくなけりゃ続かないだろうし。反対に、日本人には苦痛だというのは、たぶん連中にとっては想像外なのだろう。

処で「五箇条の御誓文」問題を解決するには、一つの方策として、現在の国税組織を解体して、別の税務機関を設置する方法がある。要するに、前の国税は解体して無くなったので、契約主体の消滅により、前の国税が行った「合意」は効力を失いました、との論法だ。
解体の指示に対し、国税が素直に従うか、それとも朝鮮商工会と組んで反乱を起すか、この時、国税の本性が国民の目に明らかになるのではないのか・・・・・・。