12/16 核兵器は平和の使者
大東亜戦争で日本がアメリカより先に核兵器開発に成功していたら、間違いなくアメリカは日本に原子爆弾を落とせなかった。アメリカからすれば、同時に核兵器による攻撃を受ける可能性が多少とも存すれば、核兵器は怖くて使えない。日本が核兵器開発を実験段階まで進めていたら、アメリカは核兵器を使えなかった筈だ。ましてや日本が核兵器の開発に成功しているという情報があっただけで、たとえデマゴーグであったとしても、アメリカの日本に対する原子爆弾投下に急ブレーキが掛かった筈だ。武士道とは無縁なアメリカ人が、相討ち覚悟で原爆投下が出来る訳が無い。アメリカ側からそそくさと休戦協定が申し出られただろう。
だから核兵器の開発と保持は、戦時中からの日本の絶対の国是なのだ。
戦時中であれ戦後の現時点であれ、最新最高の核兵器の開発と保持こそが核兵器攻撃に対する最良の防御策なのだ。
事実として日本の原子物理学のレベルなら、戦時中に原子爆弾の開発は可能であったと思う。寺田寅彦先生が活躍されたのは大正期だ。おそらく先生の頭の中では昭和初期に既に原子爆弾は完成されていた。

潰したのは、時局に悪乗りして経済統制を図った特権官僚共だ。だいたい無線通信でさえ戦前から、その発達を潰した位だ。無線もレーザーも核開発も前例の無いものは全て官僚に潰された。
供給を統制すれば、千変万化する需要に、変幻自在に適切に応じられないに決まっている。需要を無視して、無関係に勝手に役人が供給を決めるのだから、国家の進歩も発展もある訳がない。本来、戦争中こそ平時の5倍~10倍で爆発的に発明・発見がなされた筈なのに、革新官僚とか特権官僚とかがエリート面してのさばり出してから俄かに尻すぼみになった。
需要とは当時でズバリ、最も効果的な兵器の要求という事だ。マーケットは実に正直だ。その時点で最も需要の高いものがマーケットをリードする。大東亜戦争時で最も需要の高いもの、それは最新最高の兵器であり、就中、核兵器であったこと云ふまでもない。