nagyi777のブログ

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ブログを書こうと思います、

  『キリストは好きだけどキリスト教徒は嫌いです』。ある思想家が言ったことばだ。本質を言い当てていると思う。キリストの教えを信じるふりをすれば悪をなすことの免罪符になるという現実は嫌というほどに見せられている。

 いや、だからね君たちは偽りの部屋で愛し合っているふりをしているのさ。欲望があれば人間大抵の事はできる、いや、むしろどんな事でもしてしまう。正義を振う欲により異教徒の指導者を殺した上で勝手な価値観を押し付けようとする大統領もいる。時には敬虔なプロテスタントとして振る舞い、時には的確な判断を下すビジネスマンとして振る舞い、その実態はコメディアンのような愛嬌を振り撒く少女性愛者。人間だからロリコンが悪いとも言わないが、そうねぇ、可愛いものが好きな人間は悪い事をしないなんてそんな論理は成り立たないよ。サンリオキャラだとか、ちいかわグッズを身につけた女詐欺師(主に若い女性)で悪辣な奴なんて身の回りに掃いて捨てるほどいる。ああ、告白するよ、被害者であり、その当事者さ。

 もう、悪魔が飽食をするように汚い世界に染まったせいで日々の糧にも感謝を忘れそうだ。せめて食事ぐらいは美味しくいただかなきゃいけないのにね。今はね痩せるために糖尿病治療薬を高い金を出して買う女性もいる。ダイエットのために医薬品を使う訳だな。

食える時代になったからさらに上位の美容が価値として浮上してきたんだ。

 AV女優が『私のビデオを観て、最高のオナニーをしてください』なんて言っているのを聴くとこの歳になると流石にシュールに聞こえる。だって今どきだと本当にその為のものだしな。数十年前はそういう性行為を公に晒す女子に対して議論もあった。みんなの恋人のような存在は共産主義的なのではないのか?、など。戦争のような非常時でもないのに慰安婦のようだとか。弱みにつけ込まれて貧困ゆえに身売りをしているんだとか。

 時代が過酷すぎて郷愁を誘うような牧歌的な物語が成り立たないので貞操観念も同時に昔日のこととなったのさ。ある思想家が言ったことは慈悲は公に愛は個人から個人へという原理。わからなくはない。自分も誰かのために貴女のためだけの十字架になりたい。