私は大学受験の時、1年間浪人していました。

駿台予備学校に通っていたのですが、駿台のキャッチコピーは、

 

 

第一志望は、ゆずれない。

 

 

でした。

このスローガンは、今も昔も変わっていません。

 

 

 

 

 

 

変わらないスローガンというのは、安心感がありますね。

キャッチコピーというのは、ころころ変わるものです。

だからこそ、変わらないコピーに安心するのです。

 

 

 

 

 

 

第一志望は、ゆずれない。

 

 

第一志望というのは、心の叫びです。

本音です。

心の底から欲しているものが、第一志望です。

 

 

誰にも譲りたくない。

 

 

それが第一志望です。

第一志望だから、譲れるわけがないのです。

譲れないから、第一志望なのです。

 

 

 

 

 

 

でも、結果的に譲ることになったとしても、それはそれでいいと思っています。

諦めさえしなければ、それでいいと思っています。

だから、私の中では、

 

 

第一志望を、あきらめない。

 

 

と解釈しています。

受験に限らず、第一志望を諦めない姿勢が大事なんだな、と感じています。

恋愛でも、仕事でも。

 

 


 

 

 

負け犬の遠吠えになってしまうかもしれませんが、諦めさえしなければ、最終的に譲ることになったとしても構わないと思っています。

仮に、第一志望にアタックしてダメだったとしても、それでいいじゃないですか。

アタックすることさえ、できたのなら。

 

 

 

 

 

 

第一志望にアタックしたということは、諦めなかったということです。

もちろん、それで納得がいかなかったら、繰り返しアタックすればいいです。

でも、正面から一度、正々堂々とアタックしてダメだったら、次へ切り替えても構わないと思います。

それは諦めたことには、なりません。

 

 

 

 

 

 

大事なのは、正々堂々とアタックすることから逃げなかったということです。

もしアタックしてダメでも、第一志望にアタックした事実は永遠に自分の中に残ります。

それで玉砕してしまったとしても、仕方ないじゃないですか。

 

 

 

 

 

 

玉砕したということは、裏を返せば、アタックしたということです。

アタックしたという事実が今後の人生の支えになってくれるのです。

もちろん、アタックした結果、幸いにも手に入れることができたら、とても幸せなことです。

素晴らしいことです。

 

 

 

私は、このために生まれてきたんだ。

 

 

 

きっと、そう思えることでしょう。

でも、玉砕してもいいのです。

アタックしたという事実は、

 

 

第一志望を諦めなかった

 

 

ことの証明になります。

逃げなかったことの証明になります。

自分からハードルを下げなかったことの証明になります。

 

 

 

 

 

 

仮に第一志望を手に入れることができなかったとしても、第二志望なら手に入るかもしれません。

第二志望で納得がいかなければ、時間を置いて再チャレンジすればよいのです。

 

 

 

 

 

 

私も残念ながら、大学受験で第一志望には届きませんでした。

高校受験でも第一志望には届かず、「同じことを繰り返しているな」と悲観したものです。

でも、第二志望には合格することができました。

 

 

 

 

 

 

1年間の浪人生活をやり切った感があったので、そのまま第二志望に進学しました。

大学受験では、第二志望なら、一般的には成功の範囲内です。

というのも、一緒に浪人していた周囲の同級生を見ていると、第二志望にさえ届かなかった人がかなり多かったからです。

 

 

 

 

 

 

彼らの共通点は、はっきりしていました。

 

 

 

第一志望を諦めたことです。

 

 

 

一度、第一志望を諦めると、ずるずると志望校が下がっていくものです。

志望校は絶対に下げてはいけないのです。

第一志望を諦めてはいけないのです。

その理由については、また明日、書きたいと思います。