昨日は、アニメ『ジョジョの奇妙な冒険 黄金の風』の最終回でした。

毎回、とても楽しみにしていたので、終わってしまい残念です。

 

 

 

 

 

 

最終回で、「人には定められた運命がある」みたいなセリフ(うろ覚え)があったのですが、結構気に入っています。

 

 

 

 

 

 

そのセリフを言った人物は彫刻家なのですが、彼が言うには、ミケランジェロが「既に石の中に作品があり、私はそれを石の中から取り出すだけだ」みたいなこと(うろ覚え)を言っていたらしいのです。

 

 

 

 

 

 

彫刻家って、似たようなことを言う人がいる気がします。

何かのテレビ番組で、仏像の彫師も同じことを言っていました。

 

 

 

「木を彫っているうちに、仏様が中から出てくるのです」

 

 

 

もう既に形が決まっているというのです。

はじめから決まっているというのです。

こういうのを運命論と言うのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

「あらかじめ運命は決まっている」

 

 

 

みなさんは、運命論に賛成ですか、反対ですか。

もちろん、オールオアナッシングで、賛成か反対かを決めることは難しいかもしれません。

でも、どっちかというと、どっちでしょうか。

 

 

 

 

 

 

私は、わりと賛成派です。

完璧に決まっているとは思いたくないですが

 

 

 

「ある程度は決まっているのかもしれないな」

 

 

 

と感じています。

だから、大切なのは、ある程度決まっているかもしれない運命に逆らわずに、どうやって幸せに生きるか、だと思っています。

 

 

 

 

 

 

生まれた国も地域も家庭も違うのです。

人はみんな違うのです。

だから、唯一絶対の幸せの方程式みたいなものは無いと思っています。

 

 

 

 

 

 

どれだけ努力しても、届かない場所はあるのです。

そうであるならば、そこを目指してはいけないのです。

たとえ並はずれた努力をして、そこに到達したとしても、そこに幸せは待っていないと思うのです。

 

 

 

 

 

 

考えるべきは

 

 

 

自分は、どこに行けば幸せになれるのか

 

 

 

です。

他人の成功事例を自分に当てはめるのはいいですが、必ずしも、それでうまくいくとは限らないです。

むしろ、ぴったりハマったらラッキーです。幸運です。

たいていの場合は、他人の成功事例を自分に当てはめてみても、うまくいかないでしょう。

そこで、考えるのです。

 

 

 

 

どうやって、ずらせば、私はうまくやれるのかな

 

 

 

 

大切なのは、ずらしだと思っています。

確かに、他人の成功事例をそのまま当てはめても、うまくいかないかもしれません。

でも、完全にとんちんかんなはずはないのです。

使い方さえずらせば、自分を助けてくれるはずです。

 

 

 

 

 

 

誰にとっても有効な勉強方法などないように、誰にでもあてはまる成功法則もないです。

どこか遠くにいる、あの人になることはできません。

私たちは、生まれた国も地域も家庭も違うのです。

自分に与えられたチャンスや才能、適性なんかは、ある程度、決まってしまっています。

 

 

 

 

 

 

朝起きられない。

太りやすい。

優柔不断だ。

行動力がない。

決断力がない。

 

 

 

 

 

 

そういった欠点は、仕方のないことです。

克服するのもありですが、20年、30年生きてきてしまったら、いまさら変えようがないのが現実だと思います。

そうであるならば、そうした欠点を持っていても、成功できたり、モテたり、かっこよくなれたりする方法を探せばよいのです。

 

 

 

 

 

 

ある程度、運命が決まっているからこそ、自分にできることをやり続けていけばよいと思っています。

きっと、悪いようにはならないはずだから。