きっと誰かが

同じ悩みで苦しんだはず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダメな自分を変えようと、もがく人は多いです。

 

 

「こんなダメな性格を変えたい」

 

 

そう思う気持ちは、よく分かります。

私も、そうです。

でも一方で、20歳を超えたら、性格なんて、そうそう簡単に変わるものではないとも思います。

20歳までに出来上がったしまった性格は、その後も死ぬまで付き合っていくことになるだろうと思います。

 

 

 

 

 

 

そんなに簡単に性格は変わらないのです。

これは諦めではありません。

 

 

「性格は変わらない」

 

 

そう認めるところから、工夫が始まるのです。

自分ではダメだと思っている性格を残したまま、幸せになる方法はないかを考えるのです。

 

 

 

 

 

 

性格を変えて幸せになる方法を探しても、なかなか実現させることは難しいでしょう。

性格は基本的には変わらないからです。

変わらないのなら、性格を変える方法を探すのは時間のムダということになります。

性格を変えないでも幸せになれる方法はないかを調べた方が経済的です。

いまの手持ちで幸せになる方法を探すのです。

 

 

 

 

 

 

イエス=キリストから、2000年も経ちました。

クレオパトラからも、2000年が経ちました。

きっと、どこかの誰かが、いまの自分の手持ちのまま幸せになる方法を発明してくれているはずなのです。

いまの悩みは、きっと誰かが、かつて同じ悩みで苦しんだはずなのです。

きっと誰かが解決策を残してくれているはずなのです。

 

 

 

 

 

 

100%いまの手持ちのままでは幸せになれない場合もあるでしょう。

でも、90%くらいを有効活用して、残りの10%を努力で克服する方法は、あるのではないでしょうか。

選択するべきは、今の手持ちで、どうやって戦うかです。

理想の手持ちなどないのです。

 

 

 

 

 

 

いまの性格や好みを出発点にして、幸せになれないかを考えるのです。

きっと誰かが発明してくれています。

それを見つけるには、やっぱり読書するしかないのです。

中学生の頃に通っていた塾の先生が、こんなことを言っていました。

 

 

 

 

「趣味が読書なんて言うな。読書は人間の義務だ。義務を趣味にするな」

 

 

 

 

かなり厳しい教えですが、今でも覚えているのは、感銘を受けたからでしょう。

悔しいけれど、やっぱり最後は勉強が身を助けてくれると信じています。