ブログにしろ、漫画にしろ、映画にしろ、何か作品を作ろうと考えたときに心掛けたいことの一つに、「鯛の尾頭」があります。

これは駿台予備学校の現代文の授業で学んだものです。

内容は、いたって簡単です。

作品の終わりを作品の始まりと結びつける、というものです。

例えば、「おんな城主 直虎」では最後、役割を終えた直虎が静かに息を引き取りました。

ここで最初を思い出すのです。

第一回目を思い出すのです。

始めの数回は、柴咲コウは出演せず、もっぱら子役が登場していました。

幼い頃の直虎の口癖は「竜宮小僧」。

知らず知らずのうちに、人助けを完了しているとかなんとか、そういう役割を担いたいみたいなことを言っていました。

そして、最終回。

あれだけ「竜宮小僧になりたい」と言っていた少女は、竜宮小僧を全うしたのだと思います。

「戦わずして勝つ」

戦をしないで、戦乱の世を切り抜けるには、根回しが必要です。

暗躍といってもいい。

そういう光の当たらない、見えない世界こそ、竜宮小僧たるゆえんだと感じました。

ラストが来たら、始まりを思い出す。

そうすることで、物語全体を整理することができるのです。

物語全体の全「タイ」をつかむために、「尻尾」から「頭」に戻るのです。

これが「鯛の尾頭」の真髄です。

ONE PIECEのルフィが海賊王になったとき、フーシャ村のことを思い出すのです。

平成が終わる時に、昭和天皇の崩御を思い出すのです。

自分の人生が終わる時に、生まれた時のことを思い出すのです。

厳密には、自分が生まれた時のことを思い出す必要はありません。

さすがに、思い出せませんから。

そうではなく、なぜ自分が生まれたのかを思い出すのです。

紛れもなく、一点の曇りもなく言えることは、私たちが生まれたのは、一人の男と一人の女が愛し合ったからなのです。

死ぬときに両親に感謝できれば、それでいいじゃないですか。