私は起業支援という仕事をしています。

起業には「夢に向かってチャレンジ!」という前向きなものもあれば、「追いつめられて、起業という選択肢しかなくなる」という、後向きのものもあります。世間では前者のみクローズアップされがちですが、現実はそうではありません。

先日も、「勤務先が廃業する」ことにより、追い詰められた方の相談を受けました。家族の生活、他の従業員の生活がこのままでは破綻してしまいます。転職という選択肢があれば良いのですが、中高年であればそんなに簡単にいかないことはみなさまご承知の通りと思います。

そこで、なんとか廃業する事業を「自らが事業主となり」引き継ぎ、生活を維持しようということになりました。のれんやら何もかもそのまま引き継ぎできればよいのですが、それはできませんでした。

・資金がない
・時間がない
・でも、既存の取引先からは絶大な信頼を受けている

こんな条件の中、起業を模索することになりました。

起業に際し、現在では「創業促進補助金」もありますが、期日の関係で、それも間に合いません。自己資金も乏しく、まさに追いつめられた状態でした。

融資が受けられれば良いのですが、それもまた簡単なことではありません。1000万円弱の調達が必要でしたが、現実的にかなり困難だと感じました。何はともあれ、事業計画書を作らないと話になりません。融資を受けないと絶対にスタートできない事業だったのです。

ところが、当初は「とても事業計画書なんて書けません、すみません」と言われてしまいました(他の案件でも、最初の相談時によく言われます)。ゆっくりはしていられないので、毎週1,2回のペースで話をして、一緒に事業計画書を作っていきました。

1か月経つ頃には、驚くほどの仕上がりを見せ、これなら、ということで金融機関に話をおつなぎしました。
*あまり緩い状態でご紹介すると私の信用も失ってしまうので、中途半端な計画書のうちはご紹介しないことにしています。

しかし世の中そう簡単にはいきません。「ちょっと自己資金に比べて額が大きい」という判断をされてしまいました(当初からそれが問題でしたが)。融資の際は、きちんと返済できるかどうか、つまり「事業で利益・キャッシュを確保できるか」が重要となります。いわば「売上の根拠がいかに堅いものであるか」を示さなければなりません。

この連絡を受けたとき、いかほどの恐怖を覚えたでしょうか。
融資が通らないということは、一から就職活動を始め、就職が決まらなければ収入を失う、つまり生活基盤を失うこととなります。就職できる確証はありませんから。
(実際にそのような気持ちを伺っております)

幸運なことに、そのとき一つ朗報が舞い込んできていました。販売先から仮受注をもらっていたのです。これを金融機関にお伝えするとともに、社員時代の取引先から応援をしてもらっている旨、説明を加えました。

この結果、融資は満額回答となり、無事に「スタートライン」に立つことができました。

すべてのケースにおいて「起業」が正解とは思いませんし、お勧めもしておりません。でも今回の場合は、20年弱当該業種一筋でやってきているご本人の意向も含め、最適な選択肢だと考えました。そのためにクリアしなければならない最初の課題を乗り越えることができました。

相談者はたった1,2か月ですが、たくましく変貌を遂げました。私も短期間に宿題をたくさん出しましたが、真剣に喰らいついてくださいました。不安と恐怖との付き合い方についてもご質問され、私なりの回答をさせていただきました。

次はいよいよ本番。事業を継続させていくことです。借りたお金は返さなければなりません。融資を受けて、そこで安心してしまうことのないよう、気を引き締めて起業家としての第一歩を踏み出してほしいものです。