最近、真田信繁(幸村)について興味を持ち、あらためて真田家の歴史を
調べてみました
真田家と、上野国(群馬県)の関係を自分なりに考えますと
本拠地は、長野県の上田市として、上田市は山が多くて、領地は
それほど豊かではなかった
そこで、真田家は、上野国の北部にある沼田城を手に入れた
つまり、お金や食べ物を得るための大切な土地だった
天下分け目の合戦 関が原で、父真田昌幸と弟幸村は西軍(豊臣側)につき、
兄信之は東軍(徳川側)につく
結果として、徳川側が勝ち、信之は生き残る
結果として、真田家は東西に分かれたことで、血脈を残すことができました
勝つことよりも負けない闘いを真田家は選んだのかと
沼田城跡地に足を運んでみました
真田信之と小松姫の夫婦像がありました
関ヶ原の戦いの直前、西軍についた昌幸と幸村が信之の居城を訪れた時、
小松姫は城門を閉じ、
「敵味方に分かれた以上、たとえ父上と弟君でも簡単には入れられません」
という対応の趣旨をしたと伝えられています
このエピソードは、徳川が天下をとり、約260年、外様大名としても、真田は徳川からの信頼厚く、生きながらえたきっかけとも思えるエピソードだと思いました
「信之を支え、真田家存続の大きな力になった気丈で賢い妻」
それが小松姫。
あらためて、私も奥さんに感謝しなければと思いました。。
真田家は、忠義に厚く・・・という見方もありますが、
武田に仕え、上杉と結び、北条と和睦し、徳川と戦い、豊臣に従う・・・
一見すると、時代の流れに合わせて立場を変えているようにも見えますが、
よくよく熟慮しますと・・・
自分自身のことより、家族、そのまた家族、関わる民のことを誰よりも
考え抜いた
特定の主君を支えたというより、真田家そのものを守り続けた一族
だからこそ、戦国時代の荒波を乗り越え、真田家は江戸時代まで続いたのでしょう
今の厳しい時代、末高販売(株)のこれからを想ったときに、
勝ち抜く!よりも、生き抜く!の方が賢明な捉え方かと感じました
勝つことよりも負けない闘いかたをすること。
真田家から学んだことは、「勝つこと」ではなく、「生き抜くこと」です
派手な勝利よりも、負けない戦い方を選ぶこと。
自分一人ではなく、家族や仲間、次の世代まで見据えて行動すること
今の時代だからこそ、その考え方が大切なのではないでしょうか
私も社員の皆さんとともに、この荒波の時代を生き抜いていきたいと思います!










