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人生でもっとも大切なのは
愛と感謝と気づきです。
「今ここ」に全てがあり
「今ここ」で全てが創られ
「今ここ」から全てが始まります

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こんにちゎ(。・o・。)ノ
なごみです

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【無の中にあるもの】
昨日の記事に「天の神様から教えていただきました」と書きましたが、一昨日の夜お言葉が意識の中に降りてきたので、先ずはそちらからお伝えしたいと思います

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あなた方が成りたいと願っているものは、未来にあるのではない。もう既に成っている。未来なんてないのだ。何もかもが初めからあなた方の中にあり、それそのものなのだ。だがあなた方は、あなた方の中にあるものには目を向けず、全てを外側から手に入れようとしている。もともと持っているものを見ず、なぜ他に求めようとするのだ。なぜ他から与えてもらおうとするのだ。もともと与えられているものを、自分自身に向けるだけで良いのに、それ以上のものを求めるから、欲の上塗りになってしまうのだ。既に与えられているものを、なぜ自分のために使わないのか。いくらでも使えるように与えておるのに。
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…と、いうことでした。
「既に与えられているものを、なぜ自分のために使わないのか」「いくらでも使えるように与えておるのに」
これはつまり、過去記事(vol.119)で書いた「与えよ、さらば与えられん」ということなのだと思います。
例えば「鏡」
自分が「鏡」を覗きこんだ時、そこには当然「自分自身」が映ります。両手に花束を持っていると仮定して、それを鏡の中の自分にプレゼントしてみてください。
すると鏡の中のあなたも同じように、あなたに花束をプレゼントしてくれます。
「…なぜ自分自身に使わないのか」「いくらでも使えるように与えておるのに」というのは、今書いた通りのことなのだと思います。つまり、自分自身が最初から持っている「愛」を先ずは自分自身に使え!ということです。
一昨々日にも(vol.131)鏡の話題に触れましたが、「鏡の法則」で知られている通り「他人は自分自身の投影」で、自分が気づいていない自分を知ることができたり、本来の自分に出逢うことができます。あの人の好きなところも嫌いなところも、自分の中に同じ要素があり、人は自分と似た人を好きになり、似た人を嫌いになるというソレです。
確かにそれもその通りですが、それだけではなく「鏡」を自分自身のために使うことで「もともと全部持っていたんだと気付けるよ」ということなのです。
「いくらでも使えるように与えておるのに」とは、、、
鏡に向かって微笑めば、鏡の中のあなたも微笑みを返してくれます。「愛してるよ」と言えば、同じく「愛してるよ」と返してくれます。「大丈夫だよ」と言えば「大丈夫だよ」と勇気づけてくれます。「信じてるよ」と言えば「信じてるよ」と、あなたがあなた自身との信頼を深めることができます。あなたが「鏡」の中の自分に「愛」を差し出すことで、その全てがあなた自身に返ってくるのです。実際に鏡を目の前にしてやってみればわかります。あなたが与えたものは全て同じものが返ってくるということを実感すれば「最初から全てあったんだ」と、身を持って知ることができるのです。
あなたが欲しているものは全て、最初からあなたの中にあるのです。もともと持っているのにもかかわらず、外側にそれを求め、外側から手に入れようとするから、手に入らないのです。なぜならば、それ以上を求める必要がないからです。もう既にあるのだから。それが「足るを知る」ということです。
「欲を捨てろ」ということではありません。欲を満たすということは、自分で自分を満たすということです。そもそも最初から持っている全てを自分自身に使って初めて満たされるのです。決して他から奪うことで満たされるのではありません。他から奪っても、他に求めても、それはどこまでいっても、永遠に満たされることはありません。
この世の全ては「愛」でできています。あなた自身も「愛」でできています。その全てが「愛」そのものなのです。そこにどうか気づいてください。
それぞれが自分の中にある「愛」に気づき、それを自分自身に使うことで、不満や不足感、または不安や恐怖から自由になれるのです。他に求めたり、奪おうとするから、いつまで経っても満たされないのです。満たされないから、自分とも争い、他人とも争うことになってしまうのです。
実際の鏡を使って、あなた自身に「愛ある言葉」をかけてください。そして、「他人という名の鏡」にも、同じように「愛」を与えてください。言葉でも、笑顔でも、優しさや思いやりなど、あなたの中にはたくさんの「愛」が最初からあるのですから。与えられるということは「最初からあったんだ」と気づくことなのです。
全ての鏡は自分という神様であることを、どうか忘れないでください

私たちは見えない世界で生きています。見えない世界「無」の中に全てがあります。自分の中に「いまここ」があり、「いまここ」にその全てがあります。全ては、あなたの外側や未来にあるのではありません。未来とは、次の「いまここ」です。いつでも「いまここ」しかないのです。どこまでいっても「いまここ」しかありません。どの瞬間も「いまここ」でしかありません。
「いまここ」に寛ぎ、「いまここ」に安らぎ、「いまここ」を楽しみ、「いまここ」を生きるのです

あなたが求めている至福とは「いまここ」のことなのです
