さて、西麻布いるかホテルのバーは
時代の流れと さほど関わり合う様子もなく、
淡々と 客のグラスを満たしている。

そのバーテンダーには髯がある。
しかし、それが嘘髯とわかるが、客はあえて何も言わない。

ドラマの登場人物の役を生真面目に演じすぎる役者のように、
嘘髯をたくわえている。

しかし、髯の支配人として、
うつくしいグラスに 硬い氷をそっと入れて、
妙なる液体を注いでいるわけだから、
昼間の出来事を夢へと押しやるわけだから、
そういうことは嘘髯よりもたいせつなこと。

おやすみ前のオアシス、西麻布いるかホテル。
フタコブラクダのまばたき、月影のヤシの木。