Dance Moms を観た感想として、なんともいえず胸の内にざわつくものがあって、楽しんだどころか、
疲労するような感じがあった訳です。でも、TVの前を離れるわけでなく、家族とともに数話連続見てしまった
から、下の子は私に、「お母さん、面白いでしょ?これ?」と嬉しそうに言ったりしてました。
なんかねぇ・・・・・・このアビーっていう先生、ちょっとだけうちらのピアノの先生と似てる。これについては
ダンナもそうだといってたから、外見云々は置いといて、本質的なところで似てるんだと思いました。
このアビーが儲け主義かどうかは知りません。そんなことは知らない。うちの先生は違う。だけど、
・自分の教える生徒が踊るダンスのクオリティーに関して妥協しない点、
・自分の信じる”素晴らしいダンスという表現芸術”に迫る時、相手が子供だからといって妥協せず、むしろ、子供である良さ、強み、その子のもつ特徴(良い点)を引き出そうとしている点
・勝負は時の運であることを知っていて、その上で、1位でないと満足しない点
・コンペにこだわる。公開された場で、人に評価を受けて何ぼだと割り切っていて、コンペの場での生徒の演技を見極める能力が高い。GOOD, GREAT, EXCELLENT, FANTASTIC, これらの違いをある程度見極められる。
・先生本人がクレイジーなほどダンス芸術(ピアノ芸術)が好きでのめりこんでいる(と思われる)点
大雑把に言ってこういう点が似ているんじゃないかと、”臭いを嗅ぎ分ける”ような感じでそう思いました。
ところで、題名どおり、この番組は、競走馬のごとき娘達にビッタシくっついてサポートし見守る(?)母達
MOMS が主役なのですな。この強烈なMOMSと強烈な先生とのバトル、MOMS同士の嫉妬溢れる確執
が見ものなのです。おお怖~。
まさにバックステージが燃え上がれば燃え上がるほど、灼熱のステージが展開される(???)のかな?
で、PROVOCATIVE ・・・・ この状況を表すのには、この言葉ほどピッタリくるものはないと思いました。
しかし、こういう状況下において日米の国民性が現れるのかどうか知りませんが、少なくともこの番組
では、アメリカは個人主義なんだろうなあ・・・と思いました。だって、あのショートカットのお母さんなんて、
よくまあ、あの教室に居座っていられるもんだとビックリします。あれだけ先生とやりあって、他のお母さんとも
ギャーギャーやって、プラチナブロンドのお母さんとともに、しっかりトラブルメーカーの役割をこなしています。
「自分がこの教室に居座り続ける事であの先生に対するTORTURE となるのだ」
と言っていたそうだけど、この発想って凄い。逆に言えば、この母は、この先生から離れられないってこと?
いろいろ文句をいいながら、反抗しながら、絶対に先生に感謝せず、でも、自分の子供をその先生から辞
めさせることが出来ない母・・・いますね。確かに。自分の才能溢れる子供を、この試練と逆風の中でも
なんとか開花させて、この先生から賞賛とお褒めの言葉を浴びるほど戴いて、屈服させてやる!
てな感じなのでしょうか。そりゃ、先生に対し(先生としての能力は買ってるけど)、感謝も尊敬もしないでし
ょうよ。そんなことしたら自分のアイデンティティーが崩れちゃうんだから・・・・。ある意味、それだけ、誰よ
りもこの先生に誉めてもらいたいんでしょうね。母が。渇望?的ねじれた愛かな?
私は日本人だから日本的発想しか出来ないわけで、この解釈もまったくの見当ハズレである可能性は
高いです。あのMOMは全然違う発想でああいう行動をとっているのかもしれません。そうそう、あのMOMは
昔、このアビー先生にダンスを習っていたとのこと。親子2代に渡ってこの先生の生徒なわけです。
歴史があるわけですね。奥が深いというか、根が深いというか。
ところで話は変わって、
2番手・・・くらいがモーティベーションを強烈に純粋に維持できるのかもと思いました。小学校で1番よりも、
その頃、2番手、3番手で悔しい思いをした方が、長いことダンスを続けることになるのかも。執念で?
その執念が愛に昇華するのかも、その内。