クラスのタレント・ショーで下の子は300ポイント頂戴しました。そして、1位だったそうです。
すっごい拍手を貰ったって、喜んでました。良かったね。下の子、頑張った甲斐がありました。
頑張ったからといって、いつもいつも好い結果がもらえる訳ではありません。
だからこそ、素直に喜びましょう。
で、考えてみれば、タレント・ショーって順位付けをするものかな・・・ちょと疑問。
6組参加のタレント・ショーだったそうです。ジャッジは5年生の先生方3人でした。
参加してパフォーマンスをしただけでも、100ポイントは貰えたそうです。
参加するだけでも意味がありますし、参加した子供達を誉めて励ますのは大切な事です。
人前で何かをするというのは子供にとってもやはり大変な事です。達成感を共に喜ぶのは特に大切です。
順位がつくのですから尚更です。結果が出る、出ないというのは、参加した人にとっては大変大きな違いだと思います。
だから、私みたいな気の小さい親は、「結果に囚われないようにしよう」・・・と自分に何度も言い聞かせるのです。こんな小さなタレント・ショーなのにね。
こういうタレント・ショーで順位付けをするという試みは、この小学校では初めてのことだと思います。
楽しむことを尊ぶのがアメリカの小学校のひとつの特徴だと認識していましたが、変わってきたのかな?
中学校、高校に進むと、加速度的に超コンペティティブになってくるアメリカの教育ですから、
小学6年でそれの準備として、いろいろと先生方も考えているのかな?
私は、ピアノのコンペ等で、順位によるストレスに翻弄されて来てますから、順位付けって聞くだけで、独特な
感覚(ちょっと苦い感じと共にドキドキするのです)が反射的に起こり、つまり・・・・あまり好きじゃないです。
でも、現実として否が応でもことごとく順位付けはあるのですよね。第三者だったら分かりやすくて面白い
けど、当事者だと凄いストレスとなります。(いつもいい結果な人は、順位付けが大好きでしょうがね)
そして、悲しいかな、子供に「頑張って1位を目指そう!」と、言ってしまうこの性格。
「順位なんてどうでもいいことよ。楽しんでいらっしゃい。」
な~んて台詞、言ってみたいものです。きっと棒読みでしょう。
今、思い出したのですが、初めてピアノコンペに参加した頃、私は、子供がそのコンペに参加させて貰えるだけで、
もう、満足でした。今年も何とかこのコンペに参加できた。良かった良かった・・・・って。
でもそれから年月が経ち、それなりに親も子も経験を積んでくると、こんな私でも入賞を目指すようになりました。
以前は、入賞するなんて雲の上の世界のことだと思っていたのに(でも、冷静に思い出すと上の子は最初から
2位でした・・・でも、マグレだと本気でそう思っていたので、あまり意識した事は無かったです)。
面白い事に入賞を意識してからは、なかなか入賞できなかったりしました。ほんと難しいものです。
つまり、順位を気にするのもひとつの成長の過程なのかもしれません。そして、更にその上に進めた人達は、
きっと、順位を気にしつつも、気にしなくなるのでしょうね。・・・奇麗事?確かに、よく、泣いている子をみかける。
でもね、囚われ過ぎた人になりたくないのです。本心から。(だって心底疲れるんだもん・・・白髪増えちゃうよ)
子供達にとっても、参加したことに、あまりネガティブな印象を持って欲しくないし。。。。難しい問題です。
習い事を長く続けていくということは、本当に色んなことを考えさせてくれます。