あの夜のことは、今でも忘れられない。


ただの食事のつもりだった。

久しぶりの再会に、懐かしさと嬉しさが混ざって。

「久しぶりだね」って言葉以上に、言いたいことはたくさんあったのに、

私はただ笑って、うなずいて、少しだけお酒を飲んだ。


彼は相変わらず話が上手で、声のトーンも、笑い方も、昔のままだった。

聞いてるだけで、あの頃の気持ちがぶわっと溢れてきて、

ずっと押し込めてきた“好き”が、また膨らんでいった。

ご飯終わったあとちゃんと家に帰るべきだった。

でも、あのときは帰りたくなかった。

もう少しだけ、彼の隣にいたかった。

あの時間が、終わってほしくなかった。


部屋に入って、ソファに座って、

なんとなく、昔話の続きをして、

気づいたら彼の肩に寄りかかっていた。


彼が私の名前を呼んだ。

何度も、優しく、確かめるように。

その声に、心がふるえて、

体より先に気持ちが溶けてしまった。


その夜、私は“好き”を伝えなかった。

でも、全部、目で、肌で、手で伝えてしまった気がする。


彼のぬくもりに触れた瞬間、

本当に心から、「ああ、これが終わりなんだ」って思った。

叶わないってわかってる恋だった。

でも、どうしても、あの夜だけは、

“彼のものになりたかった”。


終わったあと、彼は静かに私の髪を撫でた。

名前を呼んで、優しすぎて、残酷だった。


私は笑って、「またね」と言って、

何もなかったみたいに、部屋を出た。


エレベーターの中で、泣いた。

帰りの電車では、涙が止まらなかった。

でも、それで良かった。

あれ以上一緒にいたら、もっと好きになってしまうから。


あの夜、私はたしかに彼の隣にいた。

でも、朝が来たときには、もう“過去”になっていた。


彼にとっては、ただの夜だったかもしれない。

でも私にとっては

最初で最後の、恋の終わりだった。