―なんだ?


それは絶叫。

女の声による断末魔の叫び。

バンッ!

普通、日常ではまず聞くことのない鈍い音が辺りに轟き、その音に続くように爆発音が鳴り響く。

その音が近いことを感じ取った光は思わず足を止めた。

ふと前を見ると、渚もギョッとしたような表情を浮かべ立ち止まっていた。



「音が聞こえてきたのってあんたの部屋がある方じゃないか?」

「う、うん、そうかもしれない」


光が問いかけると、渚は困惑したように頷く。


「とりあえず・・・・・・行ってみるか」

「そうだね~」


光と渚は音のした方角に駆け出す。

そして角を曲がった辺りで二人は異変を感じ取った。


「何か変な匂いしない~?」

「血・・・・・・の匂いか?」


そこは光の寝ていた部屋とまったく同じ造りの扉だった。

その部屋から漂うのは吐き気を催す程の濃密な血の臭い。

その血の臭いに混じって、かすかに硝煙の匂いもした。


―硝煙の匂い?・・・・・・まさか、さっきのは銃声か?


光はまだ中に拳銃を撃った犯人がいる事を想定して部屋の扉に陰に隠れるようにしてドアを開く。

ドアを開いてそこから僅かに光は顔を一瞬だけ出す。


「・・・・・・誰もいないか」


部屋は無人だった。

否―生きている人はいなかった。


「どう~?」

「どうやら犯人はいないみたいだ」


光が渚にそう告げると渚も恐る恐るドアの陰から顔を出す。

そしてその表情を凍り付かせた。


「ひっ!」


呻くような悲鳴。

光はその様子を冷静に観察する。


―こいつは関係ないのか?


渚の浮かべている表情は純粋な恐怖と驚きだった。

とても演技でできるような表情ではない―と思う。


光は渚が絶句しながらも目が離せない様子のその凄惨な光景を眺める。


―こりゃまた・・・・・・派手にやったな。


腹部からには銃撃を受けたのか、真っ赤な鮮血な流れ出していた。

その傷を押さえる手も同じく鮮血に濡れており、全身に力が入っていることから激しい苦痛があったことを物語っている。

何より目を惹いたのが頭がないことだった。

頭は首に辺りに焼けこげた痕跡があるだけで、頭部だったものはただの肉塊になっていた。

断面は炭化しており、血は出ていないようだがそれが妙にリアルだった。


「こ、これは・・・・・・!?」


光と渚がその死体に目を奪われている時、背後から声が聞こえた。

光は振り返ると、そこには同じく首輪を着けた三人の人間が呆然とした様子で立ちすくんでいた。

渚は焦っていた。

演技でない焦りを感じたのは久しぶりの事であり、渚の頭は混乱の境地に達していた。


―どうして!?PDAはどこにいったの?!


渚はこのゲームを管理するゲームマスターの一人であり、一番人気である長沢光のよりリアルな映像を撮るために、光に近づいていたのだ。


―こんな事は予定にはなかったはず・・・・・・誰かに取られたっ!?・・・・・・ま、まさか・・・・・・。


渚の頭の中で様々な疑問が生まれては消えていく。

なまじこのゲームについて良く知っているだけに、その衝撃も相当なものだった。

光の予想した通りこのゲームにおいてPDAは非常に重要な意味を持っている。

首輪にしたって、渚のPDAがなければ外すことができないのである。


それに―


渚はチラリと自分の後ろを右足を引きずりながら歩いてきている少年に視線を送る。

長めの髪に中性的な綺麗と表現できる整った顔、細いスッキリとした体躯にすこし大きめの学校指定のYシャツとブレザーをラフに着崩している少し不良っぽい雰囲気を持っている長沢光。

渚にとって最大の誤算は光を侮っていた事だ。

組織から送られてきた書類に書かれていたのは勉強、運動共に並である事。

過去に何らかの事件に巻き込まれた事がること。

その事件で恋人を亡くした事。

それ以外に目立った所はないといったものだった。

だが渚の感じた印象はそれとはまったく違う物だった。


―勉強も運動も並?!ふざけないで!?


渚は心の中で吐き捨てるよう言った。


―私がPDAという言葉を口にした途端に彼の視線が厳しくなったっ!


ゲームからPDAという名称の僅かな変化。

そしてその後の軽い混乱。

まだルールもろくに理解していないはずの光がたったそれかけのヒントで渚に疑いの目を向けている。

それは渚にとって驚愕に値するものだった。

それに加えての光の隙のなさだ。

渚を女だということに対して微塵も油断していない。

明らかに今まで渚が殺してきた平和ボケした偽善者達とは違っている。

これまでに幾度もの修羅場を潜ってきた渚にはそれが良く分かった。


―真奈美っ!


渚が恐怖に身を震わすと、何故か渚に親友であった真奈美お姿が思い浮かんだ。

その表情は同じく恐怖で歪んでおり今の渚の鏡写しのように感じた。


―真奈美・・・・・・あなたも恐かっただけなの?


でもそれはすでに手を血に染めた渚に許容できるものではない。


―違う!違う!違う!違う!


渚は必死に恐怖を否定する。


「大丈夫か?」

「え?」


ふいに聞こえた声に渚は振り返る。

光は鋭い眼光で渚を油断なく観察している。


「ふぅ~、は~」


渚は光に見えないように隠れて深呼吸をした。


―落ち着きなさい、綺堂渚。貴方はこんな所で死ねないでしょ?


自分で自分に問いかけながら冷静さを取り戻す。

目を閉じ、開いた時、渚はもう平常心を取り戻していた。


「大丈夫だよ~、心配しないで~」

「・・・・・・そうか」


―そうよ、生き残るのよ、渚!


「ん?」

「どうしたの~?」


突然首を傾げた光の渚は問いかける。

どうやら光はPDAを見ているようだった。


「開始から六時間が経過しました。お待たせいたしました、全てのエリアでの戦闘禁止が解除されました!」


PDAの画面に表示されているのと同じ文章を合成音声が読み上げていく。


「ほぉ~、戦闘禁止・・・・・・ねぇ」


ぎょっとした渚が恐る恐る光の表情を覗く。

しかし光は渚の予想に反して、つまらなそうな表情を浮かべていた。


―ルールを把握するまで私を殺す気はないの・・・・・・?


「きゃあああああああああああああああああっ!」


その時、施設内に悲鳴が響いた。


それは渚の決意を嘲笑うあのような悲鳴だった。

「あ、それ~」

 

渚は光に頭を寄せるようにしてPDAを覗き込む。


「私の部屋にもあったけど何か役に立つのかな~?そのゲーム機~」


渚はPDAをゲーム機だと思っているらしい。


「たぶんな。あんたのも見せてくれるか?」


光はそう渚に尋ねる。


「うん!部屋から取ってくるねぇ~!」


そう言うが早いか渚は部屋から飛び出してしまう。


―恐いもの知らずだな・・・・・・。


何の躊躇もなく走り去っていく渚に光はかすかな苦笑を浮かべた。





「ただいま~」


渚が戻ってきたのはそれから五分もしないうちだった。

光は戻ってきた渚を見て、怪訝そうな顔をする。


「どうした?」


渚は目に見えて落胆した様子で、顔は青ざめてさえいた。


―何があった?


光はとりあえず渚に話をするよう促す。


「どうした?」

「・・・・・・たの」

「えっ?」

「PDA・・・・・・なかったのっ!?」


―PDA?ゲーム機だと思ってたんじゃないのか?


光は大げさくらい動揺している渚に疑問を覚えたがとりあえず呑み込むことにする。

事態は深刻だと直感したのだ。


「さっきまでは確かにあったのか?」

「あった~、あったのに~」


渚はぶんぶんと勢いよく首を縦に振る。


「よく探したのか?」

「探したよ~!」


渚あもう涙目になっていた。


―どういう事だ?


「とりあえずあんたの部屋に連れて行ってくれ」

「・・・・・・うん」


光は渚に不信感を抱いたがそれを表に出すような事はせず、部屋に歩き出した渚の後についていく。

一歩踏み出した瞬間、鋭い痛みが走った。


「痛っ」

「どうしたの?」

「あ、ああ。ちょっと捻ったみたいだ」

「大丈夫~?」

「ああ。歩くくらいはなんとかな」


心配そうな渚に光は右足首をさすりながら笑顔で答える。


―まぁ、保険くらいはうっとくか・・・・・・。