二人は同じ高校で出会った。エステと風俗店の黒服のカップルというとさぞかし派手な学生時代を過ごした様に思うが二人とも目立つ事のない地味な存在だった。尚矢が大学へ、優子は美容学校にそれぞれ進学が決まり卒業式の後の打ち上げで初めて話をした。尚矢は特に将来の目的もなく推薦で決まった大学に進むが優子は美容業界の華やかさは気持ちをあげるよと、看護師の母に言われて進路を決めた事などを楽しそうに話す様子を見て、この子のその先が見てみたいなと思った尚矢が連絡先の交換を申し出た。優子は、尚矢がつまらない輩ではないとの認識がありクールで平坦な思考にも好感を持ったので素直に応じた。
やがて尚矢は就職し営業職に就くと様々な接待に追われた。その中でもある取引先から頼まれて良い風俗、ソープランドを見つけて取引先に報告するという変わったお役目を担ったのは営業成績を上げる上で大事な仕事になっていった。尚矢は様々な風俗に出向き接待先に効果のありそうな店を研究した。いつしか風俗ライター並みの情報を持つに至り何よりもその研究が尚弥にとっては人生で最高に興味深いものになった。店の雰囲気、コンセプト、風俗嬢達の質や技能など様々な項目をチェックしてカテゴリー化し、取引先からの要望にマッチングさせた。
そのプレゼンは尚矢の集めた情報に考察がなされいかがわしい様でそうではなく尚矢に対する信頼性を高めた。
一方、優子は大手エステサロンに就職し、技術研修や接客に追われる日々を過ごしていた。そのエステサロンは様々なメニューで売り上げを伸ばすのはもちろんだが、それ以上にお客様に究極のリラクゼーションを提供する事でも有名だった。リピーターは業界一で尚且つ高級だった、
優子が就職5年目の時、社長自らの研修を受けた。
その研修とは数年に一度あるかないかのレアな研修でその研修が発表されると会社内部は密かにざわつく。間違いなく将来の幹部が約束された人材だからだ。選ばれた5人の幹部候補が社長の前に並んだ。中には入社1年目の新人エステシャンもいた。
接遇に厳しいが、技術者の個性も重要視してくれる働くものにとっての自由さもある会社だ。社長はその意味を語った。個性を重視したのは、スタッフの能力を際立たせるためだと。その能力とはどの様にお客様の心を掴んでリピートさせているかだ。エステサロンはお客様に究極のリラクゼーションを提供する事に意義がある。お客様の鎧を脱がせて素の人間にする。それが究極のリラクゼーションだと思う。素のその人になった時にこそその人に必要なケアが見えてくる。あなた達は究極のリラクゼーションでお客様を裸にしてスキャンするのです。鎧に覆われて眠っていた細胞を見つけ出し、覚醒や再生を促して最高の美しさを引き出すのがこれからのあなた達の目標です。変わりますよ。伝説のエステシャンになる人がいるかもしれません。社長は私たち一人一人に目線を交えて言った。
そのためにはまずあなた達の心の中に潜む壁をぶち壊し本当の自分になる事です。本当の自分はあなた自身の愛です。あなたの完璧な守護神、それと一体化しなくてはなりません。
しかし、本当の自分になるという事は思いだしたくないつらい過去にも向き合わなくてはなりません。もし、それが嫌ならこの研修は受けずに辞退して下さい。
3日猶予を与えます。
衝撃的な研修初日。その研修に参加できる事自体は会社の中では名誉な事だった。長く勤めていてもそのステップに進めないスタッフがほとんどだ。
そして、その研修を断って退職したスタッフ
も何人かいると噂があった。
優子は迷った。本当の自分になるってどういう事なんだろう。
思考に、暗雲が立ち込めとてつもなく不安になっていたたまらず、尚矢に相談した。
尚矢は、目をつぶって優子の話を聞いていた。ひと呼吸してから優子に「自分と向き合うってのは相当きつい事だと思うよ。優子にできるかな?トラウマと向き合って事でもあるよ。」
その言葉に優子は強く拒絶の気持ちが湧き上がった。優子は母一人子一人の母子家庭に育った。そのせいか、自分には何かが欠けているとずっと心の中に引っかかっていることがあるのだ。片親である。しかしそんなわかりやすい事ではない。満たされていない。それが何なのかはわかっていないまま今に至っている。本当の自分になる日。満たされていない理由を知る事。いつかは、と思っていたが突然その時が来た事で準備していなかった自分に気づく。
「だから、やめるなら今だし、やってみたら違う人生がはじまるとか、、、かなぁ」尚矢も腕組みをして悩んでいるかの様な姿勢で語った。
優子は一人家路につきながらずっと考えていた。
自分に向き合うか向き合わないか。記憶にアクセスすること。そしてそれからどうするのか。