私が小学2年生の頃 母が入院しました。
最初の話では 半年と言ってたのに 結局は4年半入院。
多分これで 「医者はアテにしてはならない」
が 私の中に刷り込まれたと思われます。(笑)
半年だから 父1人でも私の面倒は見られるだろうと思ったんじゃないかと思います。
父は ガソリンスタンドの店長で わりと遠い町まで通ってたのですが 自宅近くからバス1本で行くことができて 私は 学校帰りにバスに乗り通っていました。
夜遅くまで仕事なので 学童に行っても 迎えに行く事ができない苦肉の策だったのでしょう。
職場に子供がいるなんて 今から考えると 父も大変だったと思います。
その頃使っていた
「困った時は バスの運転手さんに見せなさい」
と お店の電話番号と諸事情が書いた紙と定期を挟んだカードケースを今でも大事に保管している母。
「これ見ると泣けてくるねん。かわいそうな事したわー。」
と 言います。
いやいや。
私は 割と楽しく過ごしてたんだよ。
今どきなら 小学生で電車乗って通学してる子もいるし かわいそうでもないんだけど。
お店の中で 軽トラの後ろに乗せてもらったり
お客さんが お小遣いくれたり
お父さんの行きつけの喫茶店のおじさんがおまけしてくれたり
楽しい事も いっぱいありました。(^^)
「降りる駅が目前になると眠くなる現象」
と 言うのがありまして 一つ前の駅で眠くなるのですよ。
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これは今でも
あー着いたって安心するのかしら?
結構遠くまで行くバスでして 他県まで行っちゃうのです。
寝てしまいましてね
気づいたら 知らない景色。
なんだろうなー 目が覚めてくると だんだん“あ、ここ知らないー”て現実が理解できて じわじわ不安になる感じ。
「どこですか?」
って 運転手さんに聞いたら
「あー大分行き過ぎてるなー。折り返すから乗ってていいよ。」
と 言われ
休憩する間も車両に乗せてもらい 一番前に乗りスタンバイ。
バス停に着いたら父が迎えに来てくれていて
「わー」と泣いた記憶があります。
今ならありえませんが 40年近く前の話なので 人情があった出来事でした。
運転手さん ありがとう。
その後も 何回か乗り過ごしましたが 折り返すという知恵がつきました。(^-^)/
こんな生活は 長くは続かず 私は すぐに母方の祖母に預けられ 小学生らしい生活に戻りましたー。(笑)