「ああ、ママのところに連れて行ってくれるのね。ママに会えるのねって、私、嬉しくて嬉しくて。
早く早く、この車遅いんじゃない?
ってね。
本当は、私が怖がらないように、そっと走ってくれていたのだと思うわ。
着いたところはその人のおうち。
男の人が私を抱き上げて、
『ここが新しいおうちだよ。』
って言った時、もうママには会えないことを知ったのよ。
その日から私は、『さち』から『はっぴぃ』になった。
『ママ』は『お母さん』になって『お父さん』もできた。
ママと別れた私が寂しくないように、たくさん話しかけてくれて、抱きしめてくれて、甘えさせてくれたのよ。
夜寝る時は、お父さんとお母さんで私の取り合いよ。私はもみくちゃ。
もう絶対に離れたくない。このままずっと一緒にいたいって思っていたわ。
でも、そう、もう年でね。
時々咳が出ては胸が苦しくなった。
そんな私のために、何度も先生とお話して、お薬やご飯を工夫してくれたのよ。
お散歩は抱っこで、のんびり歩いたの。
旅立ちの時、ふたりとも泣いていたわ。
でもね、私、悲しくなかったの。
だってね、私、とっくにおばあさんになってたのよ。迎えるなら誰だって、赤ちゃんの方が可愛くていいんじゃないかしら。
でも、私をこのうちの子にしてくれた。
お父さんとお母さんの時間はとても短かったけれど、しあわせで、心が満たされて、感謝の気持ちでいっぱいで。
だから、ふたりの顔を見て、にっこりしたのよ。
時々ママを思い出すこともあったの。
こちらに来て、ママに会えるかしらとも思ったわ。
でも、私は、今はお父さんとお母さんの子だもの。」
そう言って、はっぴぃさんはにっこりした。きっとそれは、さいごの時と同じ顔だったのだろう。
「私ひとりで喋りすぎたわね。ごめんなさいね。ごちそうさま。とってもおいしかったわ。」
「今夜、みんなでここでお月見するんです。もしよかったら、来ませんか。」
はっぴぃさんは、一瞬おれの目を見て、それには何も応えずに店を出た。
そろそろお月見も、おひらきの時間だ。
あの人もはっぴぃさんも、来なかった。