最後の通院・・・何も変わらないよ | 凪の時間 (滑膜肉腫と共に)

凪の時間 (滑膜肉腫と共に)

高校1年生の時に滑膜肉腫を発症した息子の記録です。
約6年の闘病生活。転移、所術は数知れず。
亡くなる瞬間まで生きることに全力を傾けた息子の生の姿です。
2023.11.19以降は、母の想いを綴る独り言日記に変わりそうです。
母の側弯症手術後経過も少々。

一昨日の夜、39度を超える熱を出していた息子。

 

通院日の昨日の朝、測ってみると36.5度。

 

熱が高かったら通院キャンセルしようと思ったんだけど、残念ながら行けそう。

 

病院へ向かう車の中で、息子が突然泣き出した。

 

「ぼくだって死ぬのは嫌だ! 死ぬのは怖いよ! まだ死にたくない!」

 

病院に行けば、主治医に会えば、辛い言葉が待っている。

 

プレッシャーを受けていたのは私より息子の方。

 

「うん、うん」と話を聞きながら運転し、病院へ到着。

 

息子の載った車いすを押しながら病院へ入ろうとすると、一瞬体温モニターが赤く光った気がした。

 

すぐに立っていた職員の女性に捕獲される。

 

「こちらでもう一度体温を測ってください」

 

脇へ逸れ、体温計を渡されて測ってみると39度!

 

あー、だから理性のタガが外れ、弱気になってメソメソしていたのね。

 

なんて納得している間も無く別室へ連行される。

 

コロナの検査をするために息子だけ入室。

 

50分程かかるらしい。

 

「終わりました。陰性でした」

 

呼ばれたのは違うドア。中で繋がっているのね。

 

点滴に繋がれた息子がベッドで寝ていた。

 

点滴が終わるまで2時間かかるらしい。

 

息子は昨夜から何も食べていないし、私も朝食を食べる時間が無かったので、食糧確保にコンビニへ向かうと途中でスマホが鳴った。

 

「輸血の説明をするから来てだって」

 

息子から。輸血?

 

どんな強い抗がん剤でも輸血をしたことは無かっただけにちょっとビックリ。

 

急いで戻ると、息子を診てくれているもうひとりの先生がやってきて、

 

「ヘモグロビンの値が、通常は12以上あるのに6.5しかありませんので輸血します」

 

と。

 

いつもは抗がん剤の副作用でガクンと落ちる白血球は7500。

 

食事頑張った成果が出たね。

 

でも貧血は納得いかない。

 

「こんなに下がった原因はなんでしょう?」

 

そこへいつもの主治医もやってきた。

 

「消化管出血、もしくは腫瘍から出血している可能性もある。便が黒かったりしていない?」

 

丁度息子がお腹が痛いと言い出したので、看護師さんと一緒にトイレへ。

 

便は黒くは無く、通常の状態だったらしい。

 

「詳しく調べるには造影CTをやらないと」

 

「息子は造影剤を使った翌日になると、背中から胸にかけてピリピリと電器が走るように痛いと言います。造影剤は使いたく無いです」

 

「じゃあできないね。今更原因を突き止めたところで何もできないけど」

 

だったらやらなくていいじゃん。

 

息子が寝ているベッドがあるのは「外来処置室」というところ。

 

カーテンのみで仕切られていて、ベッドがいくつも並んでいて、対面にはカウンターがあり、事務の人やら看護師さんたちがせわしく動いている。

 

主治医、もうひとりの先生、看護師さん、いつの間にか来たケースワーカーさんが、息子のベッドの前の通路にカーテンを開けて集まる。

 

主治医が言う。

 

「体力も無くなってるし、もう抗がん剤も無理だから。病院には緩和病棟というのがあって入院できるけど、入院したらもう出られない、生きて帰れないよ。そんなにもたない。今日、明日かもしれないし」

 

「もうこの病院でやることは無いから、訪問の先生はどうなってる? 」

 

訪問さんと言えば、私の「何もすることが無いのに来ていただくのは申し訳ない」という言葉で話が止まってしまった。

 

向こうは、私が嫌がっていると思っているらしい。

 

また電話すると言ったままかかって来ない。

 

私も電話を何度もしたが、タイミングが悪いのか話中。

 

それを言うと、主治医が痺れを切らしたように、ぞろぞろ引き連れて電話を掛けに行って戻って来た。

 

「明日から来てくれるそうだから」

 

そうなのね。私、拒否してないんだけどそんな雰囲気。

 

誰もいなくなってしばらくすると、息子が

 

「痛い、痛い」

 

と言い出した。

 

あの造影剤の痛みをもっと酷くした感じ。

 

顔色も悪く、唇は血の気が無くなり目の下に隈が出現。

 

またあの死相みたいな顔だ。

 

看護師さんに言うも、どうしようもないらしい。

 

居ても立っても居られなくなり

 

「輸血止めちゃダメですか?」

 

と言ってみる。

 

「じゃ、さっさと落としちゃいましょう」

 

とスピードを速めて出て行った。

 

そんなことをしたら余計に痛みが増すような。。。

 

背中を擦ってあげていると息子が泣いている。

 

「なにも、こんなところで、他の人にもみんな聞こえるこんな場所で、カーテンも開けたままあんな話をしなくてもいいのに」

 

そうだよね。

 

人の命を軽く見ているからデリカシーも何にも無い。

 

自分の命を軽く扱われたら悔しいよね。

 

今日、明日なんて言われたら怖いね。

 

熱が出たことで抵抗力が無くなったと判断しただろうけど、息子は頑張って食べて、体重も微増しているし、ひとりでインスタントラーメンも作っているし、お風呂だってひとりで入っている。

それなのに明日死ぬかもって言われたら、遠い未来の話じゃないから怖いよね。

 

主治医たちがまた様子を見に来た。

 

「ちなみに、肺の中の腫瘍を一部取ることってできないんですか?」

 

少しでも息子の負担を軽くしたくて、手術に耐えられる体じゃないとわかっていながらも聞いてみた。

 

私の質問を遮って、大きな声を更に大きくして主治医は答えた。

 

「肺を取るってことは、くっついている心臓も取るってことです。少なくともここの病院ではできません。中央でそんな提案ありましたか? もしやってくれる病院があれば、すぐに紹介状を書きますよ」

 

うわぁ、厭味まで付いて返って来た。

 

この人に質問した私が馬鹿だった。。。

 

朝9時には病院に入ったのに、点滴が終わったのは夕方6時。

 

ケースワーカーさんが、

 

「私が付いているから、お母さんは会計済ませてきていいですよ」

 

って言ってくれたけど、息子が

 

「お願いだからひとりにしないで」

 

って。

 

ケースワーカーさんは数に入っていないらしい。

一緒にいてってことだね。

 

日が短くなったから、帰り道は暗くなっていた。

 

「ママでも誰でも、明日の命の保証なんて誰も無いんだよ。今までやってきたことと何も変わらない。たくさん食べて、少しでも体重増やして体力つけよう」

 

息子は

 

「そうなんだけど、やっぱりあんな風に言われると。。。」

 

気持ちはすごくわかるよ。

 

あの大声だけでも下手すれば恫喝だから。

 

「早く家に帰りたい」

 

疲れたね。

 

夕飯は、息子の大好物のウナギを出してあげたけど、箸でつついただけだった。

 

 

 

 

 

息子の様子が気になって、まともに眠れないまま朝になってしまった。

燃えるような朝焼けがきれいです。

 

ふと昨日の病院の領収書を見ると、今日の9時から診察予約が入っていた。

 

昨日何も言われてないし、息子は絶対に行かないと言う。

 

「造影剤も使えないし、体力が無いからって何もできないなら行く意味が無い」

 

「もう主治医に会いたくない」

 

「今日、訪問の先生が来てくれるっていうのに行く意味あるの?」

 

今朝も38度超えのお熱があるし、無理する必要も無いかな。

 

私も主治医に会いたくないし。

 

と言う訳で、病院をバックレなのです。