身体は「環境」という水槽を泳いでいる
私たちの身体は、環境に応じて変化していきます。それは良し悪しではなく、身体は環境に反応していくもの。身体にとって危険であると判断されれば、緊張の回路が高まりますし、安心していい環境であれば、緩み、内臓が動き、回復への回路が強くなります。ただ、前提として、身体は必要な反応をとっただけで、反応を積み重ね、崩れていった先の病気という結果も、身体が悪いわけでは無いという事。安全かそうでないか判断できなければ、防衛体制を優先します。(交感神経優位)危険と判断している状況では、十分な回復は望めません。今回は、金魚の水槽と私たちが生きる環境を比較してブログに記してみました。弱った金魚と汚れた水槽金魚が元気をなくし、水面に力なく浮かんでいるとき、私たちはどうするでしょうか。弱った金魚をすくい上げ、薬を飲ませ、そしてまた「元の汚れた水槽」に戻す……。そんな矛盾したことはしないはずです。何よりも先にすべきなのは、まず「水(環境)」を変えることですよね。薬を試すのは、金魚が呼吸しやすい、澄んだ水に整えてから。それが生き物を育てる上での「道理」だからです。人間の身体も「見えない水」に浸かっている私たち人間も同じです。家庭、職場、学校、部活——。私たちは目に見えない「空気感」や「人間関係」という名の水槽の中で生きています。それは単なる精神論ではありません。「我慢している」「無理をしている」、そんな自覚すらない人も。感情は感情だけにとどまりません。見えないストレスは、物理的な重圧となって、確実にあなたの身体にのしかかっています。汚れた水が金魚の鱗を蝕むように、澱んだ環境は、あなたの細胞や神経を少しずつ、しかし確実に削っていくのです。「意識」が気づく前に、身体は「表現」している「自分はまだ大丈夫」と、意識(脳)は自分を騙すことができます。しかし、身体は嘘をつけません。身体は、あなたの意志だけで動いているわけではないからです。原因不明の重だるさ、強張った筋肉、浅い呼吸。これらはすべて、身体が「この水槽の水はもう限界だ」と発している悲鳴であり、生命としての必死の表現なのです。「環境」に目を向けるもし、あなたの身体が悲鳴を上げているのなら。自分を「治そう」とする前に、まず自分が今どんな「水」の中にいるのかを問い直してみてください。 その場所で、あなたは深く呼吸ができていますか? その水槽(環境)は、あなたの命を輝かせる場所ですか?身体を壊してから薬を飲むのではなく、まずはあなたを取り巻く「水」に目を向けてみる事。身体という生命が、その人本来の躍動を取り戻すために、何よりもまず「環境」という土台を見つめることが、治癒を動かす為の土台となっていきますまとめ環境も、一つの要素でしかありません。さらに、身体が反応する危機察知の感度も人によって全然ちがいます。みんなが同じ環境で生きていけるとは限らないとうこと、あなたが、おだやか過ごせる環境が穏やかな身体を作っていきます。