【初読】 夢枕獏『おにのさうし』 文春文庫
久しぶりのブログ更新。
最近忙しかったのですが、ようやく本の感想を書く暇ができました。
本日はこちらの作品を。
『陰陽師』シリーズは好きですが、こちらを読むのは初めて。
平安時代を舞台に「鬼と人と女」というテーマで書かれた三つの作品が収録されています。
今回は清明や博雅の出番はなし。
それでは早速、内容について書いていきたいと思います。
以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。
『染殿の后 鬼のため 嬈乱せらるる物語』
真済聖人という高僧が、帝の后を恋慕うあまり鬼に変じてしまうお話です。
絶世の美貌を持つ染殿の后。彼女に魔物が取り憑いた際に、帝や父親からの依頼でそれを祓いにやって来たのが真済です。彼は魔物を后の体から追い出すことには成功したのですが、その後、偶然見かけた后の姿に心奪われ、恋に落ちてしまいます。
が、勿論、決して叶うわけはありません。
無理矢理想いを遂げようとして捕まり、放り出された真済。それからも彼は恋に苦しみ続け、持っていた法力さえも煩悩のために失ってしまいます。
絶望した彼は、全てを捨て、鬼となって后を手に入れることに決めました。
そして座したまま念仏代わりにお后の名を唱え続け、大小垂れ流しながらその場で餓死し、そのまま鬼に転じます。
すごい純愛ですよね(遠い目)。
宣言通り鬼となった真済はそのままお后さまの元へ足を運び、そして意外なことに彼女もまた、そんな彼を受け入れます。
帝たちは鬼に惑わされた后を救うため、今度は相応和尚という僧を呼び出します。
が、和尚は鬼を見ても何もせず、それどころか思うままに女性と愛し合う真済を羨ましいと言い出します。
それを聞いた真済は、欲に溺れてあさましい鬼と成り果てた己が高名な相応和尚に羨ましがられたこと、その事実に感動し、満足して后に別れを告げ、いずこかに去っていきました。
そしてそれっきり、鬼が現れることは無くなりました。
染殿の后が心から真済を愛していて、その後死ぬまで彼との逢瀬の記憶を大切にしていたのが素敵でした。
どこか切なく、綺麗なお話だったと思います。
桜と美しい姫君、黒雲を纏った鬼、という組み合わせも良い。絵になります。
生前の恨みで殺された鴨継と子供たちだけは気の毒でした。
『紀長谷雄 朱雀門にて女を争い 鬼と双六をする物語』
日本の鬼には芸術を好む者が多いそうですね。
この話の主人公は紀長谷雄。菅原道真、三善清行と並ぶ、同時代の文人です。
ある晩、作詩の勝負で鬼に勝った長谷雄は、その後双六での再戦を挑まれ、半ば脅されるような形で鬼と双六勝負をする羽目になります。
夜の朱雀門の上で、恐ろしい形相の鬼と、自身の持つ全てを賭けて(賭けさせられて)の勝負です。そして長谷雄は見事に勝利。
賭けに勝った長谷雄は鬼から、この世のものとは思えないような美女を与えられます。
「百日の間、抱いてはならない」という条件付きで。
言いつけを守り、全力で耐えて過ごしていた長谷雄でしたが、あと三日というところで女の誘惑に負けてしまいます。
しかし事に及ぼうとした途端、消えてしまった女。
実はその女は鬼が死体を集めて作った存在で、あと三日待っていれば、完璧な女性として長谷雄の手に入るはずだったのです。が、欲に負けたせいで女は消え、二度と戻ってはきません。
呆然とする長谷雄。しかし、その口からは無意識にきらびやかな詩句が溢れ出しています。
女を失った絶望の中、彼は素晴らしい詩を作り上げるのでした。
というお話です。
本編の前に、自宅が燃えているのを見て「よっしゃこれからはリアルな火が描けるぜ」と喜んだ絵師(地獄変の元ネタ)が紹介されていましたが、長谷雄もこのタイプだったようです。
優れた芸術家の心にはしばしば鬼が宿るそうです。
愛する女を失ったことを悲しむよりも先に、文人としてまず詩を作ってしまった長谷雄は、やはりある意味では鬼に近かったのかもしれません。
まあ天才と狂気は紙一重、みたいな表現もありますしね。
本物の鬼からも呆れられていましたが。
『篁物語』
一番長いお話です。
文人・小野篁は、鬼と親しんだり、この世と冥界を行き来したりしている謎多き人物です。
ここでは色白で線の細い美男子として描かれています。
これはそんな小野篁が知人の高藤卿に語った、とある恋の物語。本人は主人公の名を伏せて語ったようですが、紛れもなく、篁本人の過去のお話です。
昔から、いつもすまし顔で可愛げの欠片もない男の篁でしたが、そんな彼も過去に一人、愛した女性がいました。
その相手は、自身の腹違いの妹。
妹の方も兄に惹かれていたため、その後二人は恋人関係になります。
他の男が現れたことで篁が嫉妬し、二人の仲が急接近する流れは実に少女漫画っぽい。
…異母兄妹なのでセーフ!と言いたいところですが……うーん、やっぱアウト……?。
秘密裏に逢瀬を重ねていた二人でしたが、妹が篁の子供を身籠ったことで、両親に関係が知られてしまいます。
顔を合わせることを禁じられ、部屋に閉じ込められた妹。彼女は悲しみのあまり弱りはて、そのまま死んでしまいました。
絶望した篁は、妹に逢いたい一心で道摩法師に助けを求めます。
生きた人でなくとも構わない、彼女の霊をどうにかこの世に留めておく方法はないものか、と。
そんな篁に道摩法師は一つの策を授けます。
そこからは中々にハラハラする展開でした。
篁は言われるがままに百鬼夜行に紛れ込み、蟇からなんか滅茶苦茶重い玉子を預かり、それ(鶏卵サイズ)を丸呑みします。
その玉子は狐魂といって、百鬼夜行の中心である天一神が冥府の閻魔王に届けるはずの、大切なものでした。
狐魂を呑んだ篁は天一神に事情を説明し、一緒に冥府に行くことになります。
妹と情を交わした、というのを聞いていた周囲の鬼たちが一様にドン引きしているのがちょっと可笑しい。
閻魔王にも事情を話し、狐魂を返せば願いを聞いてやる、と言われた篁は、躊躇いなくハラキリを決行し、狐魂を返還。
「痛みを喜んで受け入れなくてはならない」という無理難題を物ともせず、笑いながら腹から玉を取り出す篁に、天一神も閻魔王も驚嘆しています。本当に人か?
結果的に、篁は妹の霊を現世に留めてもらうことに成功し、彼女と言葉を交わすことだけは許されることになりました。
こういう体験を経て、篁は魔のものに親しむことになったわけですね。
その後、篁がいよいよ死ぬという時には、妹の霊が彼を迎えに来てくれたようです。
良かったね。
以上、全三編です。
『篁物語』に登場する天一神は子供の姿、閻魔王は美女の姿で登場します。
二人とも話の分かる人物で良かった。
それから『陰陽師』にも登場する道摩法師、こちらもやっぱり良いキャラしてました。夢枕獏先生のシリーズでは道摩法師=蘆屋道満となっています。実際は諸説あるようですけど。
『今昔物語集』『長谷雄草子』『篁物語』、他にも『宇治拾遺物語』など様々な作品が元になっています。和歌や詩も盛りだくさん。
思う存分、平安の雅でゆったりとした雰囲気に浸ることのできる作品です。
とても面白かった。
興味のある方はぜひ。
それでは今日はこの辺で。