【再読】 谷崎潤一郎『痴人の愛』 角川文庫
ナナ→ナオミという魔性の女リレー。
谷崎作品の中でも特に好きな一冊です。
ちなみに表紙は『文豪ストレイドッグス』の谷崎兄妹。文スト好きなんですよね。コラボ出た直後に書店まで買いに走った記憶があります。
それでは早速、感想の方を。
以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。
淫蕩で奔放な魔性の美少女・ナオミと、そんな彼女の魅力に囚われた男の物語。
模範的サラリーマンだった主人公・河合譲治は、二十八歳のときに、とあるカフェエで女給をしていたナオミ(十五歳)と出会います。
今でこそありふれていますが、当時はナオミ、なんて名前はハイカラで珍しかったようです。そんな名前に加え、容姿までどこか西洋人くさかったものですから、主人公はナオミに興味を持ちます。そして彼女と付き合っていくうち、自分のもとに引き取って育て、ゆくゆくは妻にしようと画策するように。
このときは主人公も遊び半分というか、まあそういう一風変わったこともおもしろかろう、くらいの気持ちでいたようです。普段が真面目な反動でしょうか。
ちなみに、同棲前までのナオミはやや陰のある無口な少女です。まだ悪女感は薄め。振る舞いも年相応。
同棲するようになってからは赤い屋根の洒落た洋館(非実用的)に二人で暮らし、主人公が出勤している間、ナオミは英語や音楽を習いに行ったりして過ごします。
悠々自適な生活の中、だんだんとナオミの快活でわがままな本性が見えてくるようになりますが、この時点ではまだ可愛いものです。
初めて関係を持ったのはナオミが十六歳の頃。その後すぐに籍を入れ、二人は法律上の夫婦になりました。
ナオミを己の所有物、人形か何かのように扱っている主人公と、甘やかされてどんどん傲慢になっていくナオミ。二人の力関係は時と共にじわじわと変化していきます。
自惚れ屋で強情で愚かなナオミの気質に失望を覚えながらも、彼女の肉体には屈服するしかない主人公。そしてそんな主人公の内心を利用し、わがまま放題になっていくナオミ。
媚びとご機嫌取りが上手く、ときに上目遣いで甘えるように、ときには苛烈な態度で主人公を翻弄し、贅沢三昧に耽るようになります。
食べ物に衣類に、と金を湯水のごとく浪費し、家事もせず、家の中を散らかし放題のまま遊び回り、男友達とつるみ。主人公がずるずるとわがままを許してしまうせいで、彼女はますますつけ上がります。そしてある時、彼女が生来の淫蕩な気質から複数の男たちと関係を持っており、主人公を騙して彼らと密会していたことすら明らかに。
「立派なハイカラ婦人に育ててやりたい」という思いでナオミを引き取った主人公でしたが、結婚後数年で彼女はすっかり身持ちの悪い、不品行な女に成り下がってしまったのです。
主人公もそれを分かっていて、彼女を「不貞で汚れた女」とまで認識しているのに、それでも一度ナオミの肉体を知ってしまった以上、もうそれ無しで生きていくことはできないようになってしまっています。
終盤ではキレて追い出しもしましたが、結局それも「自分はナオミがいなくては生きていけない」ということを再確認しただけでした。
完全に、彼女という美の女神の前に跪く奴隷。自分が育て上げた芸術品であるナオミを絶対の存在として崇め、その肉体の虜になっています。本性がどれだけ醜悪で卑俗であろうと、彼はその美にだけは抗うことができないのです。
ナオミの身体的特徴をこと細かく描写し、どれだけ美しく魅力的かを主人公がひたすら説明してくるのですが、女性の「美」を表現することにかけてはさすが谷崎といったところ。足やら項やら変質的なまでに微細に、丹念に描き出しています。
最終的に主人公は夫婦関係を継続させるため、ナオミからの要求である、言うことは何でも聞く、お金も好きなだけ出す、一々干渉せず好きなようにさせる、という条件すら飲むことに。
【彼女の浮気と我が儘とは昔から分っていたことで、その欠点を取ってしまえば彼女の値打ちもなくなってしまう。浮気な奴だ、我が儘な奴だと思えば思うほど、一層可愛さが増して来て、彼女の罠に陥ってしまう。ですから私は、怒ればなおさら自分の負けになることを悟っているのです。】
ナオミがとにかく狡猾で駆け引き上手なんですよね。結局、主人公はいつも彼女の手のひらの上で踊らされています。でもまあ、本人が踊らされることにも喜びを覚える気質っぽいので、普通にハッピーエンドなのかな。
ナオミのような女性は実際に近くには居て欲しくありませんが、遠くから見ているぶんには魅力的だと思います。奔放で、下品で、妖美で、何とも言い難い毒々しい魅力の持ち主です。
前記事の『ナナ』のナナとこのナオミはよく似たヒロインではありますが、あちらが『ナナとその他の男たち』だったのに対し(ミュファ伯爵は河合譲治と似た立ち位置ではありましたが)、こちらの作品では『ナオミと「私」』という二人の関係性に焦点が絞られているので、また違った面白さがあります。あくまで主人公はナオミではなく、彼女に振り回され、偏執的な愛を捧げ続ける「私」こと河合譲治なんですよね。そういう意味では、主人公の「私」も十分に魅力的なキャラクターです。
ちなみに、場面として一番好きなのはエルドラドオにダンスに行ったあたりです。ちょっとしか出て来ないですが、春野綺羅子が好き。
本編後の作品解説も含めて読むと、更に面白い作品です。
まだ読んだことがないという方は、ぜひ。
本日も良い読書時間を過ごすことができました。
それでは今日はこの辺で。