【再読】 ジミー〈幾米〉『君のいる場所』宝迫典子訳 小学館
前回に続き、ジミーさんです。
こちらも好きな作品。ジミーさんの著作の中でもかなり有名なものです。ちなみに原題は「向左走・向右走」。
内容は、同じアパートの隣り合う部屋に住んでいる男女のラブ・ストーリー。
都会の人混みの中、親しい者もなく、孤独な生活を送っている二人の男女が出会うお話です。
以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。
【彼女は郊外の古いアパートメントに住んでいる。
どこに出かけるときも、玄関を左へまがる癖がある。
彼は郊外の古いアパートメントに住んでいる。
どこに出かけるときも、玄関を右へまがる癖がある。
彼が彼女に会うことはなかった。】
こんな文章で物語は始まります。
いつも右側を見ずに左の道を行く彼女。
左側を見ずに右の道を行く彼。
同じアパートの玄関から同時に出ても、向いている方向は真逆。
そのせいで隣人であるにも関わらず二人が正面から顔を合わせる機会はありませんでした。
お互いを認識していないため、彼がバイオリンを弾いているレストランの前を、彼女は気づかずに通り過ぎます。
【彼には右へ行く癖があり、彼女には左へ行く癖がある。
二人はめぐり合うはずもなかった。】
平凡で孤独な日常を送る二人。
憂鬱で重苦しい、冬の日。
しかしどういう運命のいたずらか、ある日、公園の噴水前で彼と彼女は出会います。
【冬は、もうそれほど憂鬱なものではなかった。
いっしょに過ごす胸おどる午後。】
ごく短い時間でしたが、しかし確かに楽しい思い出を共有した彼と彼女。
その後、電話番号を交換して別れた二人は、幸福な気持ちでアパートに帰ります。
が、紙切れに書かれた二つの電話番号はどちらも雨で滲んでしまい、読めないという事態に。
掛かってこない電話。繋がらない電話。
追い打ちをかけるように、二人が出会った公園も取り壊されてしまいます。
静かに過ぎていく日々の中、忘れられない彼/彼女のことをぼんやり考える二人。
【あいかわらず彼には右へ行く癖があり、
あいかわらず彼女には左へ行く癖がある。】
はじめから右しか見ないから、左にいる彼女に気づかない。
はじめから左しか見ないから、右にいる彼に気づかない。
隣の部屋で生活し、ニアミスを繰り返しながらも、決して二人が出会うことはありません。
同じ風景を見、同じ道を歩いているのに、彼らはそれに気づかないまま生活しています。
壁の向こうから聞こえるバイオリンの響きに、耳を傾ける彼女。
それを弾くのが彼であることは知りません。
彼女の誕生日は今日だと聞いたっけ、と思いを巡らせる彼。
その彼女が隣で寂しくケーキをつついていることなど知るはずもありません。
会えない苦悩と寂しさの中で一年が終わり、とうとう彼/彼女は淋しい街を出て旅に出ることを決めます。
そして大きな荷物を抱え、雪の降りしきる中、
【彼は右へ。
彼女は左へ。】
いつも通り、顔を合わせることなく。
しかしここでは終わりません。ラストで二つの道は、円を描くように交わります。
良かったー。
バスに乗る前、おそらくバスの停留所で、前方からやって来る彼女/彼の姿を目にする二人。
共に楽しい午後を過ごした、ずっと会いたかった人。
そうして物語は幕を下ろします。
二人がその後、どうしたのかは不明です。
ただ、巻末にはどこかの玄関に立て掛けられた二本の雨傘が描かれているので、まあ良い方に転がったんじゃないでしょうか。
初期作品とは思えないこの完成度の高さ。
二人がニアミスしている様子や、それぞれの部屋の描き分け方が本当に上手いです。
何よりハッピーエンドなのが良いですよね。
ビターエンドも好きですが、やっぱりこういった希望のある終わり方のほうがほっとします。
胸温まるラブ・ストーリーです。
興味のある方は、ぜひ。
それでは今日はこの辺で。