瀬尾まいこ『卵の緒』 | 本の虫凪子の徘徊記録

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【再読】  瀬尾まいこ『卵の緒』 新潮文庫

 

本日はこちらの作品を再読しました。

とは言っても、かなり昔に一度読んだきりなので、内容はうろ覚えです。

『卵の緒』『7’s blood』の二つが収録されています。

それでは早速、感想を書いていきたいと思います。

 

以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。

 

『卵の緒』
主人公は母子家庭で生活している小学生の男の子・育生。
自分は捨て子だったと思い込んでいる育生は、ある日、母親にへその緒を見せて欲しいと頼みます。本物の親子ならへその緒があるはずだ、と言う育生。
実際、この二人に血の繋がりはなく、育生と母親を繋いでいたへその緒も存在しないのですが、母親は育生に箱に入った卵の殻を見せて「あなたは卵で生んだのよ」と平然と言ってのけます。物凄い誤魔化し方です。それを信じてしまう九歳の育生も可愛いです。

この母親ですが、なかなかに個性が強めです。
飄々とした、適当なことばかり言っている変人で、育生からも「この母さんなら卵で僕を産むこともありえるだろう」と納得されるような、何となく浮世離れした雰囲気の人物。二十七歳のOLで、育生に対しては年齢の離れた姉や女友達のような気軽さで接しています。軽口を叩いたり、恋バナをしたり、真面目な育生をからかって遊んだり。マイペースな彼女に、育生はいつも振り回されています。普通の母子とは違う独特の距離感です。
ちなみに非常に料理上手です。彼女お手製の、砂糖とバターたっぷりの、ケーキみたいに甘いにんじんブレッドは本当に美味しそうでした。
 

そして、何だかんだ言っても、良い母親なんですよね。
生真面目な育生がもう少し肩の力を抜いて生きられるように、と色々と気を遣っていることが行動の端々から感じられて、彼女の息子への愛情の深さがよく分かります。

作中で再婚し、育生に弟か妹が生まれる、というときになって初めて、彼女は育生に全ての秘密を明かしました。

彼女は大学生のとき、妻に死なれたばかりの十六歳年上の先生に恋をしたのですが、彼の子供を一目見たときからどうしてもその子が欲しいと思うようになり、その子供の母親になるために強引に先生と結婚しました。彼は余命短い身だったためその後すぐに死に、彼女のもとには義理の息子となったその子供だけが残されました。それが育生です。
育生の予想通り二人の間に血縁上の繋がりはなく、これから生まれてくる子も育生からすれば実父の再婚相手(母)とその再婚相手(朝ちゃん)との子供なわけですから、遺伝子的には赤の他人になります。
それでも、彼ら親子の家族としての絆は本物です。ラストでは朝ちゃんと妹の育子も加わって四人家族になりましたが、かなり上手くやれているようでした。

そして、育生のことを全身全霊で愛している母親は、彼へ向けた話の最後に、こう言います。
「想像して。たった十八の女の子が一目見た他人の子どもが欲しくて大学辞めて、死ぬのをわかっている男の人と結婚するのよ。そういう無謀なことができるのは尋常じゃなく愛しているからよ。あなたをね。これからもこの気持ちは変わらないわ」

先生の余命を知って一度は結婚を諦めたものの、子供を見た瞬間に考えが変わった、彼に引かれるよりも強くその子に引かれた、という彼女。理屈ではなく本能や衝動に近い、突然芽生えた愛情。他人の子供に一目惚れ、というのが具体的にどういった感情をともなう体験なのかは想像しづらいですが、きっとそれは彼女にとって運命の出会いだったのだと思います。最終的には、血の繋がらない子供の世話をすることに自らの人生を捧げたわけですから。
決断力・行動力の塊のような人ですが、そのときの決断にもきっと躊躇いはなかったのだろうな、という気がします。周囲の反対の声を無視した、誰にも祝福されない中での結婚で、先のことも分からず、それでも育生を育てるという覚悟だけは何よりも強かったに違いありません。そう考えると、本当に凄い愛情ですね。

一番強烈なキャラクターはなんと言ってもこの母親なのですが、その他のキャラもそれぞれ魅力的でした。育生と同じクラスの不思議な少年・池内くんや、後に義父となる朝ちゃん、猫を崇めるお祖父ちゃんなど、どの人物にもしっかり個性があるので読んでいて楽しかったです。


『7's blood』
七子(ななこ)と七生(ななお)、高校生と小学生の、六歳離れた異母姉弟のお話です。
主人公は姉の七子の方です。二人の父親は七年前に亡くなっており、お互い母子家庭で育ちました。父親の愛人だった七生の母が刑務所に入れられたため、七子の母が小学六年生の七生を引き取ることになり、そこで初めて姉弟同士で顔を合わせることになります。その後突然母親が入院し、しばらく姉弟二人きりで生活することになりました。

明るくて素直で、家事も得意で、誰からも好かれるような良い子の七生。そして、そんな七生をどうしても好きになれない七子。
最初の頃は、七子がかなり嫌な奴に思えてしまいます。食事中に一生懸命話を振る七生に対して「へえ」「そう」「別に」と冷たい反応をしたり、面と向かって「あんたの計算された無邪気さが気持ち悪い」と言い放ったり。大人気ない振る舞いが目立ちます。
ですが、別に七子は、愛人の子だから、という理由で彼を嫌っているわけではありません。
七生の子供らしさ、朗らかさが自分に取り入るための演技だと理解しているからこそ、七子には彼の挙動がいちいち気に食わないのです。そのため気を遣われれば遣われるほど、彼女の苛立ちも増していきます。

水商売をしている母親のもと、あまり良いとは言えない環境で育った七生は、愛想を良くして人に取り入ることで自分を守りながら生きて来ました。
愛人の子供と陰口を叩かれたり、母親の恋人に暴力を振るわれたりするうちに、「大人に気に入られないと生きていけない」ということを理解した七生は、天真爛漫で無邪気な「誰からも愛される子」を演じるようになったのです。素の七生は十一歳とは思えないほど聡明で、既に世の中を達観しています。

七子は「良い子」な七生が嫌いなわけではなく、七生がそういう風に振る舞わざるを得なかった状況、今まで受けて来たであろう理不尽な仕打ち、七生から子供らしい純粋さを奪い「良い子」でいることを強制した大人たち、そういったものに対して怒っていたのでしょう。媚びるような七生の態度が気に食わなかったのも、今まで彼がそうやって生きていくしかなかったのだということを、薄々勘付いていたからだと思います。

そんなこんなで、当初の二人の関係は若干ギスギスしていましたが、それでも、話が進んでいくにつれ徐々に良い方へと変化していきます。
七生にも子供らしい不器用な一面があると知って、七子が彼をいとしいと思えるようになったり、だんだんと気心が知れてきてお互いに遠慮がなくなっていったり。結局のところ、気が合う二人ではあるんですよね。半分は血が繋がっているわけですし。

七子の母親が亡くなったときも、七子を支えてくれたのは七生の存在です。
自分の死を察知して、七子が一人にならないようにと七生を引き取った母親の判断は正しいものでした。極端な話、七生はどんな保護者のもとでも生きていけそうですが、七子には絶対に七生という異母弟の存在が必要でした。最終的に、この出会いで精神的に大きく変化したのは七子の方だったと思います。

大人びた七生と、少し子供っぽいけれど、それでもやっぱり「お姉ちゃん」な七子。この二人の微妙な距離感がとても好みです。七生が一貫して「ななちゃん」呼びなのも良いです。

ラストで七生は出所した母親の元へ帰っていき、二人はまたそれぞれの生活に戻ります。
住んでいる場所は近いけれど、何となく、もう二度と会うことはないんだろうな、と察している七子。私もそう思います。仮にこの先再び顔を合わせることがあったとしても、もう今までのように一緒に生活したりということにはならないのでしょう。少し寂しい気もしますが、それで良いのかもしれません。
それでも、一緒に腐ったケーキを食べたことや、夜にパジャマのままで何キロも散歩したこと、そういった思い出が、離れて暮らす姉と弟それぞれの中で、大切なものとして残り続けてくれればいいな、と思います。


以上、全二編でした。
どちらも少し特殊な家族の関係を描いたお話ですが、読み終えてみると、じゃあ普通の家族って何なのだろうと考えてしまいます。
全く血縁関係のない母子、血の繋がりはあるが他人として生きてきた姉弟。そういう境遇の人が周りにいないこともあって、私には彼ら彼女らの心情を完全に理解することは難しいです。ですが、こういう複雑な関係も全然「アリ」だと思っています。人と人との関係に決められた形はないわけですし、結局のところ、そこに愛があるのであれば、「家族」と呼べるか、なんてあまり問題じゃないような気がします。

まあ、何はともあれどちらも良い作品でした。
読了後は穏やかな気持ちになれます。
瀬尾さんの文章は本当に読みやすいですね。「卵の緒」なんて、とてもデビュー作とは思えないようなクオリティの高さでした。
それでは、今日はこの辺で。