辻村深月『きのうの影踏み』 | 本の虫凪子の徘徊記録

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【再読】  辻村深月『きのうの影踏み』 角川文庫

 

暑い日には怖い話、ということで本日はこちらの作品を再読しました。

怪異にまつわる話を収録した短編集です。私の中で辻村さんは長編のイメージが強いのですが、短編の方も負けず劣らず、非常にお上手です。

それでは早速、内容について書いていきたいと思います。

 

以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。

 

ホラー短編集ですが、内容的には、怪談話というより都市伝説寄りです。明確な「呪い」や「幽霊」を題材としているわけではなく、日常の中でふと遭遇してしまった異物や異界、不穏な違和感、正体不明の恐怖などを描いた作品が多いです。湿度のあるホラーとでも言いましょうか。

初めて読んだときに一番怖かったのは二つ目のお話、「手紙の主」です。
何年か前に送られてきた、謎の不気味な手紙のことを話題に出したら、その後、同じ内容の手紙が主人公の周囲の人物にも送られてくるようになった、というストーリーです。手紙自体はごくありふれたもので、封筒が黒いとか血のように赤い字で書かれているとか、そういう一見してヤバいと分かるような代物ではありません。コピー用紙に手書きで書かれています。ただ、内容は少し気味が悪く、手紙の主の好きな歌手やラジオ番組について書かれているのですが、その歌手も、ラジオ番組も、現実には存在しないのです。

話が人づてに広まっていくにつれ、「私のところにも来たよ、その手紙」と主人公に連絡してくる人が増えていき、そして、字が乱れて読めなかった後半部分が少しずつ読めるようになっていきます。誰かから手紙の話を聞くたびに、主人公は正体不明だった手紙の主が次第に現実味を帯びた存在となり、ゆっくりと自分の方に近づいてくるのを感じます。
話題に上がり、共有されることで、うっかり呼び出してしまった「よくないモノ」が少しずつ実体を持っていく、その過程が非常に不気味です。噂話と共に周囲に伝染し、日常を侵食していく「何か」に対する、漠然とした恐怖。意図が分からない、得体が知れないという点で、幽霊などより余程気味が悪く、恐ろしいと思います。

名前のある妖怪やお化けは、多くの人に認識されることによってその姿が統一・固定化されていったわけですが、この話はその過程に近いものだと感じました。この「手紙の主」も、そのうち「トイレの花子さん」や「てけてけ」のような名前のついた一つの怪談話になっていくのかもしれません。

後ろの方に収録された作品には、これとは真逆の「噂地図」というお話もあります。そちらは噂をした人をさかのぼって都市伝説や噂話のはじまりを突き止める、というのがテーマになっています。そっちはここまで怖くありません。

その他の作品には、小さい子や赤ちゃんを中心に描いたものが多いです。
子供とホラーって、どうしてこんなに相性が良いんでしょう。
私が特に好きなのは「やみあかご」です。
深夜、子どもを抱いてベッドに寝転んだ「私」が、夫の横で寝ている自分の子を発見し、じゃあ腕の中にいるこの子は誰だ、となる話です。
これはラストの文章。

【腕の中でずっしりと抱いた、子どもの重みが増していく。誰かが自分を、胸の中から見上げている気配が、さっきからずっとしている。
その顔を見ることが、怖くて、できない。】

たった4ページの作品ですが滅茶苦茶怖いです。
これに限らず、子供や赤ちゃんを中心とした話では、何となく辻村さん自身の「母親目線での恐怖」が描かれているように感じます。この話にしろ、自分の子と知らない子を取り違える、というのには、大抵の親ならホラーで感じるのとはまた違った種類の怖さを感じるのではないでしょうか。息子だと思って手を繋いでいたのが実は知らない子だった!うちの子はどこ!?みたいな、そんな「人の親としてあってはならないこと」への恐怖をもとに辻村さんはこれらの作品を書いたのではないか、と私はそう推測しています。
あまりにも小さい子供の登場頻度が多いため、もしかすると出産前後か、子育てに忙しい時期に書いたのかもしれません。

収録作品は全部で十三ありますが、作品ごとのテイストは結構バラバラです。
上に書いたものの他には、秋田の実家でナマハゲに襲われる話や、隠れんぼのデスゲームが行われるパラレルワールドを描いたお話もあります。一番最後の「七つのカップ」を除いて、どれも不気味で後味の悪い作品ばかりです。「七つのカップ」だけは、少し同作者の『ツナグ』にも似た救いのあるラストでしたが。
全体の雰囲気としては「世にも奇妙な物語」に近いです。雑多な感じが特に。

本編後の解説を担当していらっしゃるのは朝霧カフカさんです。

『文豪ストレイドッグス』などの漫画の原作者・小説家の方で、私の大好きな作家さんの一人です。そういえば、文ストの外伝小説では辻村さんとコラボしていましたね。
朝霧さんによる解説では、この本のテーマである「怪異」について分かりやすく纏められているので、本編を読み終わった後に解説まできちんと読むとより面白いです。この方も本当に文章がお上手です。

 

特に涼しくはなりませんでしたが、良い読書時間でした。

それでは今日はこの辺で。