アーサー・コナン・ドイル『緋色の研究』 | 本の虫凪子の徘徊記録

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【再読】  アーサー・コナン・ドイル『緋色の研究』深町眞理子訳 創元推理文庫

 

本日はこちらの作品を。

ドイルのシャーロック・ホームズシリーズの長編です。私はシャーロキアンというわけではありませんが、ホームズシリーズはかなり好きなので何度も読み返しています。色々と読み比べた結果、深町さんの訳が一番好きだと気が付きました。映像化された作品、映画やドラマなども面白いですが、やはり小説に戻ってきてしまいます。

こちらの『緋色の研究』はホームズとワトスンが同居するまでの流れと、二人のところに持ち込まれた最初の殺人事件について描いた作品です。

それでは、内容について書いていきたいと思います。

 

以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。

ホームズとワトスンが出会ってからの、最初の事件です。
空き家でアメリカ人旅行者が殺された事件で、警察からの要請を受け、その犯人を突き止める、という、ストーリー的には結構単純なお話です。展開の意外性もそれほどありません。
犯人は同じアメリカ人の男性で、動機は怨恨による復讐でした。
二部構成になっていて、第一部はホームズとワトスンの事件調査がメイン、第二部は殺人犯ジェファスン・ホープのバックグラウンド、殺人に至る動機の掘り下げがメインとなっています。


『第一部』「元陸軍軍医、医学博士 ジョン・H・ワトスンによる回想録より」
ワトスンとホームズの出会い。
ワトスンとの初対面の時のホームズは、ちょうど取り組んでいた実験に成功したばかりで有頂天だったこともあり、かなり愛想が良く社交的な人物に見えます。異様にハイテンションではあるものの、この時はまだ変人度は低めです。
彼は感情の浮き沈みが激しいので、機嫌が良いときは本当に好人物なんですよね。反対に不機嫌なときは物凄く態度が悪くなりますが。
一緒に暮らすようになってからはワトスンに対して遺憾なくその変人っぷりを発揮してくれます。

シャーロック・ホームズは、刑事も私立探偵も山ほどいるロンドンで唯一の探偵コンサルタントを名乗る、本物の名探偵です。
非常に自信家でプライドが高いため、デュパンやルコックなど創作物の名探偵と同列に扱われるのを嫌がり、彼らより自分の方がよほど優秀だなどとのたまいます。偉大なる先輩に対してとんでもない言いようです。
お気に入りの小説の主人公を馬鹿にされたことには内心でワトスンもイラッとしたようです。これは当然ですね。推しが侮辱されたら誰だって良い気はしないでしょう。

てすが、実際、ホームズは天才です。
前述の発言も、決して自らを過信してのものではなく、単に事実として述べているだけです。事実を愛する彼は自分の能力を過大評価することはありません。もちろん過小評価もしません。

彼の能力として特筆すべきなのは、やはり、現場と遺体を調べただけで死因と大まかな犯人像まで割り出す、その驚異の観察眼でしょう。そして、ただ観察するだけではなく、そこからより多くの情報を引き出して繋ぎ合わせることで真実に辿り着きます。この思考過程としての彼の「推理術」は本当にお見事です。もちろん、その土台として異様なまでに豊富な知識、というものもありますが。
私はこれに限らずどの作品でもワトスンへの「種明かし」パートが一番面白く感じます。

殺人犯のジェファスン・ホープはそれほど手強い敵ではなかったものの、力が強いため拘束するのには苦労しました。さして若くないにも関わらず手錠を掛けられた後には猛獣のように暴れ出し、ホームズ、ワトスンにグレグスンとレストレードの警部二人を合わせた四人がかりでどうにか拘束しました。この時はまだホームズの怪力設定はなかったようです。四対一で、しかも四人は再三ふり飛ばされたそうですから、このジェファスン・ホープという男はとんでもない怪力の持ち主です。

それから、ホープの友人として、ホームズを老婆に化けて見事に出し抜いた男が登場しましたが、よく考えるとあの男はかなりの化け物ですね。アルセーヌ・ルパン並みの変装術と演技力です。こんな危険人物を野放しにしておくのは色々と不味いのではないでしょうか。ホームズが変装を見破れないのであれば、もう他の誰にも見破ることはできないと思います。
名前も実際の容姿すら明らかになりませんでしたが、その後は一体何をしているのか気になります。


『第二部』「聖徒の国」
突然、北アメリカの広大な荒野を舞台に、モルモン教徒の移民団の話が始まります。あまりにも急にテイストが変わったので、初めて読んだときは、あれ、ホームズとワトスンは?と混乱した記憶があります。
この第二部はジェファスン・ホープの過去編にあたる内容です。

無骨でやや向こう見ずではあるものの根は誠実な若きジェファスンと、天真爛漫な美少女・ルーシーはお似合いの恋人同士だったと思います。そんな二人の仲を引き裂き、ルーシーとその養父を死に至らしめたモルモン教団は本当におぞましい組織です。

宗教とは本当に不思議ですよね。この教団は一体どこから狂っていったのでしょう。彼らモルモン教徒は不信心者を決して許さず、少しでも教義を批判した人間はひっそりと抹殺する、恐ろしい集団です。ルーシーと養父は彼らの一夫多妻制という教義を拒んだことで裏切り者と見なされてしまい、養父の方は殺され、ルーシーは無理矢理モルモン教徒と結婚させられたことでやつれ果てて死んでしまいました。

恋人を失ったジェファスンは復讐に燃え、彼女と養父の死に関与した二人の男を必ず殺すことを決意します。泥水を啜るような暮らしをしながら、何年もの間、アメリカとヨーロッパを駆けずり回って彼らを追い続けました。凄まじい執念です。
そしてようやく、このロンドンで決着をつけることができた、というわけです。病死する前に復讐が果たせて良かったですね。殺人に善し悪しはありませんが、ルーシーたちの死やジェファスンの心情を思うと、ジェファスンに対して若干同情的な気持ちになってしまいます。

ジェファスンはホームズたちに捕まったその日の夜に持病で死亡しました。復讐を終え、満足気な、穏やかな笑みを浮かばたまま死んでいったそうです。ルーシーたちと同じ場所へ行けたのであれば良いのですが。

ジェファスンが復讐方法として毒殺を選んだというのは興味深い部分だと思います。二つの丸薬のうち、片方は毒でもう片方は無害。相手に一つ選ばせ、残った方は自分が飲む。運を天に委ねる、というわけです。二分の一の確率で自分が死ぬ可能性もあるわけですから、復讐としてはかなり理性的というか、真っ当な方法だったと思います。復讐に真っ当も何もないかもしれませんが。

個人的には、一部よりも二部の方が好きです。
一部の方はいつものホームズ作品、といった雰囲気ですが、この二部の少し文学的な雰囲気は『緋色の研究』ならではだと思います。モルモン教団の闇がこれでもかと描かれているので、カルト宗教などに興味がある身としては、不謹慎ですがわくわくしてしまいます。一夫多妻制は良いとしても、女を無理矢理さらってくるのはどう考えてもアウトですよね。

もちろん、一部のワトスンとホームズの出会いの場面も大好きです。ちなみに、私はどちらかというとワトスン派です。意外と好奇心や冒険心が旺盛で、親しみやすく、真面目な性格のワトスン。何となく世の中では愚鈍な助手といったイメージの方が先行しているようですが、全然そんなことはありません。そもそもロンドン大学で医学博士号を取っている人間が愚鈍なわけないですし、おまけに彼はピストルも撃てるし文才もある、社交性もあるというかなり優秀な部類の人間です。ハリウッド映画版『シャーロック・ホームズ』ではジュード・ロウが演じていましたが、私の中では完全に解釈一致でした。あそこまでイケメンではないでしょうが。
ワトスンはロンドンを「この巨大な汚水溜め」と表現したりと、ナチュラルに口が悪いところも結構好きなポイントです。

 

同じく長編の『四人の署名』も読み返したくなりました。

それでは今日はこの辺で。